13. エピローグ

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13. エピローグ

 最後のレッスンから数日が経ち、イルヌス王国へ帰る準備が整った頃。  私は急遽、お姉様に同伴して、王妃殿下主催のお茶会に出席することになった。 「王妃殿下が、あなたにお礼をしたいんですって」  エミリアお姉様はそう言ったけれど、お礼を言われるようなことをした覚えはない。  これは、あれだろうか。王侯貴族特有の迂遠な言い回しで、「王宮の庭園で、随分好き勝手遊んでくれたじゃないの。お礼をしてあげるわ」的なことだろうか。  心当たりのないお礼に、何か裏があるのではと不安が煽られる。  ひとまずは、初対面の王妃殿下に好感を持っていただけるようにしたい。  エミリアお姉様に、王妃殿下の好みを教えてもらいながら、可憐な印象の淡い水色のドレスに、髪は編み込みを混ぜた清楚な髪型にしてもらった。 「素敵よ、マリアンナ。きっと気に入っていただけるわ」 「そうだといいのだけど……」  緊張しながら馬車に乗り込み、いざお茶会へ。  王宮に着くと、見覚えのある、あの小さな池のある庭園へと案内された。  ここって王妃殿下のお気に入りの庭園だったのかしら……。  ライモンドと忍び込んだことを思い出し、冷や汗が出てきた。  やっぱり、お礼ってこのことなの……?  緊張が最高潮に達した頃、王妃殿下がいらっしゃった。 「エミリア、それにマリアンナ嬢、今日は来ていただけて嬉しいわ」 「こちらこそ、お招きありがとうございます」 「お初にお目にかかります。マリアンナと申します。お会いできて光栄です」  少しでも悪い印象を無くそうと、精一杯の可愛らしい笑顔で挨拶をする。  すると王妃殿下が私に話しかけてくださった。 「あらまあ、こんなに可愛いのでは、息子がベタ惚れなのも分かるわね。マリアンナ嬢、あの子を助けてくれて、どうもありがとう。ずっとお礼を言いたかったのだけど、息子に口止めされていて遅くなってしまったわ」  はい? 王妃殿下のご子息って、病気からなかなか回復しなかったっていう、王太子殿下のことかしら? 一度もお会いしたことなんてないし、お顔も存じ上げないのだけれど……。  狐につままれたような顔をした私を見て、王妃殿下がフフッと笑うと、生垣の向こうを見やって声を掛けた。 「こっちへいらっしゃい、ライモンド!」  え? 王太子殿下もライモンドって名前なの? そんなことを考えているうちに、足音がこちらへ近づいてきて、生垣から顔を出したのは……。 「マリアンナ、今日も会えて嬉しいよ。その格好、僕好みですごく可愛いね」 「……ライモンド!? なぜここに!?」  なぜか、いつも一緒に遊んでいたライモンドが、王族らしい衣装を身にまとって姿を現したのだった。……いや、なぜか、ではなく、ライモンドはガレオン王国の王太子だったのだ。 「マリアンナ、黙っていてごめんね。君が王太子は好きになれないって言うから、なんだか言い出せなくなっちゃって……」  いや、あれはルドルフ王太子のことだったのだけど……。  ぽかんとする私に、みんなが説明してくれた。 「ライモンド殿下が十二歳になられた時に、急に獅子の姿に変わってしまって、一月もそのままだったのだけど、マリアンナが人間の姿に戻る方法を教えて差し上げたのでしょう?」 「我が国は、獅子の聖霊の加護を受けた国なのだけど、ごく稀に、十二歳の誕生日を迎えると獅子の姿に変化(へんげ)する力を授かるのよ」 「僕はそれで獅子の姿から戻れずに困っていたところを、君が助けてくれたんだ。ほかにも、慣れない体の使い方を色々教えてくれて、本当に感謝している」 「ライモンドから、キルトン公爵邸にいるマリアンナ嬢と毎日会いたいから、なんとか口実を作ってくれって頼まれて、エミリアにも手伝ってもらっちゃったの」 「内緒にしていてごめんなさいね、マリアンナ」  衝撃の事実が次々に明かされ、私の頭は処理が追いつかない。  え? みんなグルだったってこと?  でも、とりあえず言いたいのは……。 「……猫じゃなくて、獅子だったの!?」 「ははっ! そこが気になるなんて、マリアンナは本当に猫好きだね」  ライモンドが可笑しそうに笑う。 「本当に驚いたわ……。でも、私が帰る前に教えてくれて、ありがとう」  ずっと呆けていた私がやっと返事をすると、ライモンドが私の顔を覗きこんだ。 「ねえ、マリアンナ。実は困ったことがあるから助けてくれないかい? 約束しただろう?」  唐突なお願いだが、約束は守らないといけない。私はこくりとうなずいた。 「もちろんよ。どんなこと?」 「……好きな人が出来たんだけど、もうすぐ自分の国に帰ってしまうそうなんだ。子猫に変身できる、とても魅力的で可愛い女の子なんだけど」  え? それって、私のことよね……?  好きな人って、友達としてではなくて……?  思いがけない言葉に固まってしまった私を見て、ライモンドが眉を下げ、切なそうに微笑む。 「……君と友達のまま離れるなんて我慢できそうにないんだ。僕は君の嫌いな王太子だけど、どうにか僕の婚約者になってくれないかな?」  これは、愛の告白……!?  告白なんて初めてされたわ……。  恥ずかしくて堪らないけど、温かくてフワフワして、なんだか溶けてしまいそう。  でも、隣国の王太子殿下との婚約なんて、私一人で決めていいものなのかしら?  そんなことを考えていると、エミリアお姉様が私に耳打ちした。 「お父様たちから許可はもらっているわ。あとはあなたの心次第よ」  私の心次第……。  私は、ライモンドと過ごした、かけがえのない日々を思い出す。  彼がいなければ、私はまだ心に傷を残したままだっただろう。  彼がいたから、自国に帰ろうと決心でき、そしてまた、この国を離れるのが辛かったのだ。  そうだ、心なんてもう決まっている。 「……ライモンド、私が好きになれないって言ったのは、イルヌス王国の王太子殿下のことよ」 「じゃあ、僕のことは嫌いにならない?」 「あなたは、自分が犬派だからって私を見下したり、猫に変身するのを嫌がったりしないでしょ?」 「もちろん、僕は完全に猫派だし、むしろ猫に変身する君が大好きだよ」  猫に変身する私が好きと言ってくれるライモンドが、たまらなく愛おしい。 「……私も、獅子に変身するあなたが大好きよ。これからもずっと、あなたと一緒に猫になって遊びたいの」 「マリアンナ、それって……」 「あなたとの婚約をお受けします」 「マリアンナ! ありがとう! 本当に大好きだ!」  そう嬉しそうに声を上げて、ライモンドが私を抱きしめる。猫の姿で抱っこされたことなら何度もあるが、この姿で抱きしめられるのは初めてだ。  猫の時とは違う感触で、すごく恥ずかしくて、すごく嬉しい。  すぐ傍らで、王妃殿下とエミリアお姉様が微笑みながら見守ってくれているのが見える。 「マリアンナ、あっちで木に登って遊ぼう!」 「いいわよ! 私も二回転に挑戦するわ!」  子猫と子獅子に変身し、お茶会なのに、お茶も飲まずに木を目指してまっしぐらに駆けていく私たち。  背中越しに、王妃殿下とエミリアお姉様の可笑しそうな笑い声が聞こえる。  私とライモンドは、ふたり顔を見合わせて、幸せそうに微笑んだ。
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