3. 北の森の老賢者

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3. 北の森の老賢者

 翌日、朝早くから両親と共に馬車に揺られ、北の森へとやって来た。  北の森は鬱蒼とした暗い雰囲気の森で、こんなところに住んでいるおじいさんは、一体どんな不気味な風貌なのだろうと、少しだけ怖くなる。  森の入り口を抜けてしばらく行くと、三角屋根の質素な小屋が見えた。どうやらあそこが、おじいさんの家らしい。  お父様に抱きかかえられ、馬車から降りる。お父様が小屋の扉をコンコンと叩くと、中からはヒヒヒと笑う不気味なおじいさん……ではなく、いかにも山の男といった、筋肉ムキムキのおじいさんが出てきた。  なぜ筋肉? 本当にこの人が老賢者なのだろうか……? 「賢者モーリー様、どうかお知恵をお貸しください」  お父様とお母様が深々とお辞儀をする。やっぱりこの人が老賢者で合っているようだ。  お父様が私のことを説明して、どうしたら元に戻れるかを尋ねると、モーリーおじいさんが私に質問した。 「その魔法使いはどんな男だったかな? 名前を名乗ったりはしなかったかい?」  私は、気取った口ひげのおじさんで、名前は名乗っていなかったけれど、自分でめちゃ偉い人だと言っていた、とありのままに伝えた。するとモーリーおじいさんが驚いたように目を見開いて呟いた。 「イヒトの魔法か……」 「え?」 「さすらいの凄腕魔法使いでね。名前をメチャエラ・イヒトと言うのだよ」  私は、「メチャエライヒト」が人名だったことに驚いた。 「彼の魔法では、他の者がどうこうするのは不可能だろうな。自分の家を持たずに、いつも世界中を旅しているから、見つけ出すことも難しいだろう」  これは、いわゆる詰み、というものだろうか。 「そんな……! ではマリアンナは一生このままなのですか!?」  お母様が震える声で尋ねると、モーリーおじいさんは何か考え込むような顔をして答えた。 「お嬢ちゃんから感じる魔法の気配からするに、たぶんこれは一生猫の姿になる魔法ではない。おそらく、自分で猫になったり、人間になったり、自由に変身できる魔法だろう」  え!? そうだったの!? 「でも、どうやったら自分で変身できるか、全然分からないんですけど……」  私が困惑顔で言うと、モーリーおじいさんは袖をたくし上げ、自慢の筋肉を見せつけながら、ニカッと笑ってこう言った。 「わしが特訓してやろう」  そして、モーリーおじいさんと特訓すること数時間……。  「丹田に力を込めて!」「腹横筋を意識して!」「はい! ズドーン!」と、熱く厳しい教えを受け、ついに自力で変身することができるようになった。 「よくぞ、厳しい特訓に耐え抜いた! もう、わしが教えることはない」 「はい、モーリー師匠! ご指導ありがとうございました!」  もう、猫にも人間にも、自由自在に変身できる。  最初は困ったが、こんなに楽しい魔法をかけてくれてたなんて、メチャエラさんには感謝しなくては。しかも、どういう仕組みなのか、猫の時はドレス無し、人間のときはドレスを着た状態で変身できるのでありがたい。さすが凄腕魔法使いなだけある。  変身方法を極めた私は、モーリー師匠と固い握手を交わし、丁重に御礼をして北の森を後にした。  師匠は逞しい腕をぶんぶんと振って見送ってくれ、思わず目頭が熱くなった。  なぜ師匠があんなにムキムキだったのかは謎だったが、筋肉には神秘の力が宿っていることを理解した一日だった。
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