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小湯山基地潜入
日本政府から、連絡がきた。
僕達が、はるな団のステージで踊っていた時間に、渋沢町のホテル伊藤のオーナー一家に空き巣が入って警察が来る騒ぎがあった。盗まれたのは、金品ではなく地図。
亡くなった大女将の書斎から日記が数点だけが盗まれた。警察も盗難に遭った伊藤家も意味が解らなかった。
しかし、日本政府にとっては国難に相当する重要事案。
大女将の日記には小湯山掘削時の地図が記されていた。
敗戦後に、進駐軍が日本に駐留する前に旧日本陸軍により小湯山弾薬庫の資料は全て焼却処分されていた筈だった。
しかし、迷路のような山中の掘削された庫内の順路が全てが記された地図は、当時学徒動員の女学生で掘削リーダーをしていた大女将が作業用として密かにメモをして残存していたらしい。
盗んだのはドシキモ社。
日本政府は、事前に把握していて一度は大女将から借りて調査後に返却した代物。
神林さんから電話で呼び出しを受けた。
呼び出された場所は温泉街の外れにある小江戸温泉物語と呼ばれるホテルの裏手だった。
ここは、ケーブルカーが榛名湖の手前まで開通していた頃の駅舎跡地に建造されたホテルだが、現在ではケーブルカーの名残はホテル裏の小さなトンネルと、途中にあるケーブルカーを跨ぐ橋だけだと言われている。
神林さんは、僕にインスタントハッピーカンパニーのメイド服で来るように言い、遅れてメイド服姿の雨宮京子ちゃんも到着した。
美佳ちゃんと西村さん、長谷川君も到着した。
ホテルの裏手にある獣道の先に古いトンネルがある。入口はコンクリートで固められ唯一、点検用のアルミ製のドアがあるだけの心霊が出そうな怖い感じのトンネル。トンネルの中央上部には扁額があり『通天洞』という文字が見えた。
それは、愛理の日記に挟まっていたトンネルに似ている。
でも扁額に書かれた文字も違うし、愛理の日記の写真のトンネルも塞がれていたが、馬蹄形のポータルの上部は開いていた。
美佳ちゃんは「だからさ。通天洞は存在していても利澤無窮は存在していないんだよ」と怒ったように言葉を履いた
神林さんは「少し歩くぞ」と言い再び元来た道を折り返す。
一旦、道路に出てから榛名湖方面に県道を進む。
美佳ちゃんは「井戸の場所か」と言った。
前に美佳ちゃんと西村さん、長谷川君、ギャッピ市松で行った心霊が出る井戸。
その井戸の先、草むらに隠された場所に古びた使われていないトンネルがあった。
トンネルの馬蹄形のポータルの上部に扁額が掲げられていた。
利澤無窮
宇野哲人
美佳ちゃんは「ありやがった」と叫んだ。
「うぁ。本当に存在していたんだ」
僕は驚いた。
美佳ちゃんは「ほう。小江戸温泉物語のホテル側のトンネルの入口にある扁額は通天洞だけど、反対側は全くは別の扁額か」
「慈しみは尽きる事は無い。意味は解らないけど。偉い漢文学者様らしいわよ」
雨宮京子ちゃんが、腕組をして説明した。
「渋沢温泉側の入口は完全にトンネルが埋められていて、アルミ製のドアがあるけど、こちら側は上の隙間から入れそうですね」
僕が言うと、神林さんが補足をしてきた。
「此処は、正式な小湯基地の出入口ではありませんよ。ただの基地内へ送風する通風ダクトの取り入れ口に過ぎません」
「それにしても、同じトンネルなのに入口と出口に全く異なる扁額が埋め込まれていたとはビックリだわ」京子ちゃんは、懐中電灯で扁額を照らしながら呟いた。
正式な通路ではないが、今回は此処からのルートがアメリカ国防総省から指定された小湯山基地へのアクセスルートになる。
正式なルートは、佐々山電鉄小湯線の小湯山トンネル内にあると思うけど、軍事企業ドシキモ社ですら発見できないような入口を、簡単に僕達に教える筈もない。
中に入るのは、意外にも佐々山電鉄の小湯山トンネルでは無かった。全く別の場所。
僕達は、トンネルの上部にある隙間から、トンネル内部に潜入する事になった。
神林さんと西村さん、長谷川君は自衛隊の迷彩服。
僕と雨宮京子ちゃんはインスタントハッピーのメイド服、美佳ちゃんは長袖シャツにジーパンだった。
縄梯子でトンネル内部に降りると、足元は湿っていて天井から水が滴っている。
神林さんはトンネルの中央までくると懐中電灯で壁を照らした。
西村さんと長谷川君は、周囲を警戒している。
重火器は所持していない筈だけど、たぶん準じた何かを持っているのは明らかだ。
京子ちゃんは「米軍基地の警備関係なら自衛隊といえども、携行を許可されても不思議ではありませんからね」と僕に言う。
神林さんは「京子さん詳しいですね」
誰かが不法侵入したらしく、壁にスプレーで落書きがある中、暗号みたいな文字が紛れている。
「木を隠すなら森の中です」
神林さんは、持ってきた小型の端末で文字を入力すると、何もない壁がパかッと開いた。
「まるで、三流の映画や海外のドラマみたいなギミックだ」と美佳ちゃんは嬉しそうにしている。
スライドしたコンクリート壁を模したドアの開いた先には、細い通路が現れる。
「さて急ぎましょうか」
延々と続く無機質なトンネルは、階段こそないけど緩やかに下り勾配になっている。
30分くらい歩いて行きどまりになった。再びドアがある。
ドアの手前に、自販機と喫煙所、そしてベンチがある小さな部屋がある。
神林さんは、小型の端末で再び先ほどの文字を入力した。
ドアが開くと、そこには鉄道の線路があった。
「佐々電の小湯山トンネル?」
雨宮京子ちゃんが不思議そうな顔をして言う。
「違うよ。複線だし線路幅も違うよ」
美佳ちゃんが否定した。
神林さんは「上越新幹線の榛名トンネルですよ。まさか新幹線のトンネルの推進抗が小湯山基地の抜け道とは予想外でした」
そして「大丈夫です。新幹線の営業時間は過ぎてます。新幹線の本線を100mほど高崎方向に進んだ先に推進抗があります。そこまで点検用の通路を歩きますよ」
僕達は新幹線のトンネルを歩いて、再び壁にある鉄の扉を開けて細い通路に戻った。
細い通路に入ると神林さんが教えてくれた。
「榛名トンネルは隠し通路があるんです」
トンネル掘削工事中に、榛名トンネルは軟弱で水脈の多い地質をルート選択した。
案の定、掘削中に水脈にあたり水没したり、地上でも地盤沈下などを起こし工事中断したり、様々な変更を余儀なくされたりと難工事で開業が東北新幹線大宮開業よりも遅れた。
世間的には、榛名トンネルは難工事という話になっているが、実はアメリカ政府が水没した筈の旧ルートを小湯山基地の建造にカムフラージュしていたとしたら日本国民に隠された秘密基地は、本当に実在しても不思議ではない事になる。
いま歩いているのはトンネル内で火災や事故が起きた時の乗客の避難通路になっている通路。
ただし、通常時に一般人が簡単に通行できる場所でもなく、保守作業員でも機材運搬や点検以外では使わない通路だ。
そして、小湯山基地のゲートは通風ダクトを制御する機器室の制御盤の一つが入退室の隠しコマンドになっていて、ようやく基地内に入れた。
利澤無窮のトンネルに入って1時間が経過していた。ゲート内には、2名のミリタリーポリスが出迎えてくれた。
基地内の方が、今までのルートより大変な通路だった。
洞窟みたいな岩盤が剥き出しの、ゴツゴツした手掘りの通路は足元も岩で、水脈の難工事という地質の弱さ、そして場所によってはザーッと地下水が流れている場所。
「足元に気をつけて」と西村さんと長谷川君がサポートしてくれる。
洞窟みたいな通路は迷路みたいに枝分かれして、迷子になったら二度と出られないと神林さんが言う。
「此処が小湯山の旧・日本陸軍の掘削した戦時中の弾薬庫跡だ」
米軍のミリタリーポリスの道案内が無いとたどり着けない場所。
正確にいうと、迷路は数パターンあって基地内で侵入者があると任意で通路を変えて敵を閉じ込めることができるらしい。
雨宮京子ちゃんは、突然僕に向かって
「優さん。小湯山基地の件が終了したらエッチな事をしましょうか」と言い出す。
それは、たぶん僕ではなく何故か美佳ちゃんを挑発するような顔で美佳ちゃんに吐いた言葉だ。
「京子さん。ダメです」と美佳ちゃんが言う。
「あれれぇ。美佳さん。今日はクソガキ京子って怒らないですかぁ?」と京子ちゃんが最初から解っていたみたいにニヤける。
美佳ちゃんは慌てて両手で口を押えた。
「瑠佳ちゃんなの?」と僕は驚いた。
「あー。美佳お姉ちゃん。京子ちゃんの事をクソガキ京子って言っていましたよね。肝心な部分でボロをだしました。あー失敗」「じゃぁ、美佳ちゃんは?」
僕の問いに「美佳お姉ちゃんは、アタシの代わりにインスタントハッピー研究所に居ます。ちょっと重要な集会があって、一応はアタシが座っていないとダメな案件なので美佳お姉ちゃんでも、そこに座ってるだけで事が足りるので」と頭を搔いている。
僕は「それより、美佳ちゃんは何処で自分に双子の妹がいるって気付いたの?」と瑠佳ちゃんに聞いた。
「アタシが普通にママと美佳お姉ちゃんの社宅に訪問しただけだよ。別に家族だから問題ないでしょ」と平然という。
西村さんは「美佳さんの反応は?」と面白そうに聞くと「特段、驚かなかったかな?むしろ双子?似てないよね。アタシの方が可愛いだって」と笑った。
長谷川君が「あ。それ良くあるらしいぞ。周囲が見分けがつかなくても、本人同士は自分は何故間違えるのかな?って話」
正直、僕はつまらなかった。美佳ちゃんと瑠佳ちゃんは双子ドッキリみたいな再開を期待していたからだ。
雨宮京子ちゃんは「インスタントハッピー研究所も、南場さん達のクーデターで警戒してるから、瑠佳さんが首謀者かも知れないって疑っている分、仮に美佳さんでも瑠佳さんの居るべき場所に座っていないとアメリカのドシキモ社に通報されますからね」とクスクス笑っている。
「よく美佳ちゃんが協力してくれたね」
瑠佳ちゃんは「美佳お姉ちゃんは、ステーキみやりーのサーロインステーキ食べ放題を取引材料にすれば重い腰を上げるんですよ。佐藤家では御馳走ですからね」
「あー。それ知ってる。美佳ちゃんは何かあるとステーキみやりー奢れっていうよ」と僕が納得する。
再び、足場の悪い岩場の通路を進む。
雨宮京子ちゃんは「アタシも作戦開始といきますか」とスカートのポケットからインスタントハッピーカンパニーのIDカードを取り出すと、屈んで岩場の通路の足元に置いた。
「なにしてるの?」
「インスタントハッピーカンパニーのIDカードって居場所把握する位置情報が解るんです。アメリカのドシキモ社もアタシを泳がせている理由。あえて罠に引っかかってあげようと思います」
その後、ようやく小湯山基地の事務棟に到着した。
大きなモニター監視装置が並ぶ管制室、
核汚染をされても数日間は生き残れる核シェルターや備蓄庫、水ろ過装置、そしてミサイル監視レーダー。
ここには通常は無人で、一か月に三日間だけメンテナンスと事務処理で自衛隊と連携して此処に宿直業務している。
小湯山の近くには陸上自衛隊の相馬が原駐屯地があるけど、小湯山は航空自衛隊の管轄なので熊谷基地が窓口になっているらしい。
反乱
僕達が基地に潜入した数日後。
愛理は、無断外泊の翌朝には戻ってきていた。帰ってきた愛理は、イベントの後に僕と別れた時と同じセーラー服姿で体中に怪我をしていて叔父夫婦に病院に連れていかれて治療を受けた。
愛理は、僕が学校から帰ると部屋で寝ていて僕は、愛理からトンデモナイ事を聞いてしまう。
愛理は、あの日は僕達とは別ルートで小湯山の洞窟内に居たらしい。
怪我は、誰かに負わされたのではなく滑り易い場所があり滑落して自ら負傷したらしい。
愛理の話だと迷路状の通路には、複数の別の入口や出口があるけど、殆どが岩盤が崩壊していたり逆に鉄の頑丈な柵があって外は見えるけど人間は通れない場所があったりと厄介な地底空間が小湯山全体に展開しているというのだ。
愛理は「もう死んじゃうかと思った」
美佳ちゃんは、瑠佳ちゃんの手引きで普通に入れ替わりを元に戻した。南場さんは美佳ちゃんと気付いていたらしい。
ドシキモ社幹部の来日
一企業の幹部が来日しただけでニュースにもならない。
でも、政府も警察も、公安も要監視対応の企業幹部の来日には神経を尖らせていた。
それは十一月の中旬。
佐々山電鉄は、十二月一日からの運行再開に向けて試運転や施設の点検などを始めた。
来日の日、僕も京子ちゃんも、そして瑠佳ちゃんも、インスタントハッピーカンパニー研究所に召集された。
南場さんは嫌な予感がしていたらしく。
「瑠佳様」
「ほい?何。智ちゃん」
「いえ。何もありません。失礼しました」
南場さんは大きなため息を吐いた。
小声で「鈴木。あれホイホイだろ?」と言うと、僕は頷いた。
インスタントハッピーカンパニー研究所で、唯一監視カメラが無く、盗聴されない場所はトイレと大浴場・脱衣所だけだ。
本物の瑠佳ちゃんは、神林さんと在日米軍の人達と小湯山基地に居るからだ。
ドシキモ社の中でも、警戒感は高まっていて所長も、各部署の担当者もピリピリしているのが伝わってくる。
午後になってドシキモ社幹部が軽井沢の研究所に到着した。
幹部は五名。
如何にも、アメリカ人的な背丈と容姿。
むしろ五人の幹部よりもボディガードの方が多いくらいだ。
午後三時に、ドシキモ社幹部達は小湯山に向かう準備の為、渋沢温泉の宿に入る。
視察は、あくまでも体裁であり、本当の目的は小湯山基地の“利澤無窮”の通用口から幹部自らが潜入するつもりらしい。
その情報は京子ちゃん情報だ。
幹部たちを、地下迷路に閉じ込める作戦。
僕達も、急遽だけどドシキモ社幹部の要請で一緒に参加する事になった。
RRMSバスで渋沢温泉まで行って、インスタントハッピーカンパニー研究所が抑えているホテルに向かった。
バスの中で、インスタントハッピーカンパニー研究所の女子五名が案内役として小湯山基地に同行する事になった。
案内役とは隠語だ。
ドシキモ社幹部と同じ部屋に宿泊して接待をさせる。
京子ちゃんが、アメリカから帰っていたのは接待の意味を知った為だという。
この話は、事前に南場チームの女子達も情報共有して知っていた。
指名された女子達は泣いていた。
高校生ともなれば理解しているからだ。
南場さんは、小湯山基地の視察が周囲の目を欺くなら夜だと決めつけていた。
夜に、幹部たちを地下迷宮に閉じこめないと南場チームの女子達がピンチだ。
盗聴器と監視カメラの存在から、クーデター作戦変更の合図は出しにくい。
瑠佳ちゃんに扮した美佳ちゃん。
よくよく考えれば、瑠佳ちゃんは人事課で別部署なので南場チームのメイド服とは違う制服を着ていた。
極秘プロジェクトに関わらない事務職系のインスタントハッピーカンパニーの子は盗聴器がついた制服の着用はない。
南場さんは、上手に美佳ちゃんにメモ書きを渡している。
美佳ちゃんは、途中でトイレに行きたいと言ってコンビニにバスを止めさせて、愛理に連絡を取らせた。
とりあえずは、神林さん達に連絡はつく。
あとは、夜に小湯山基地に連れて行くだけだ。
渋沢温泉に到着した。
ホテル伊藤の一番すごい部屋。
部屋の中に専用のヒノキ風呂がある。
通訳の人、警備の人の控室も用意してある。
夜になってから逃げ出すことは不可能だ。
後戻りはできない作戦が開始された。
従業員に扮した愛理がフロントに居た。
ホテル伊藤の女子社員の制服を着た愛理は、たぶん連絡を受けて駆け付けてきたのだと思う。
愛理は、流暢な英語でドシキモ社幹部と会話をしている。
でも、相手は軍事企業ドシキモ社だ。
簡単に愛理が日本政府側の人間だと見破られていた。
でも、愛理も機転を利かせて余計な事は言わずに、単にホテル伊藤が多客の為に渋沢温泉組合の依頼で、ホテル伊藤に補充要員として多客応援にきていると説明して怪しまれる事は回避できた。
さすがは、世界を牛耳る軍事企業だ。
愛理の存在まで把握されている。
そうなると、美佳ちゃんも瑠佳ちゃんとすり替わっているのもバレている可能性が高い。
小湯山の地底迷路だって警戒されている可能性もある。
いくら天才高校生集団といえども、策が幼稚すぎたかもしれない。
ところが、ロビーに米軍の制服を着た人達が入ってきた。
ドシキモ社幹部は、ボディーガードに目配せをして、ロビーの方に行くように指示。
暫くして、戻ってきたボディーガードは幹部に報告した。
小湯山基地で、明日の早朝から緊急のメンテナンスが入ったという話をしているという報告。
ドシキモ社幹部は予定を早めて、これから小湯山基地に向かうという想定外な展開になった。
でも、神林さんが手配したアクシデントかもしれない。
幹部たちは、スーツから動きやすい服に着替えると、まるで榛名山の大自然を散策するというラフな服装でホテルを後にした。
僕達は、登山するのにメイド服では不釣り合いだろうけど一般の人に会う事が絶対にない地下迷宮だから何を着ても良いらしい。
利澤無窮に到着し、あの神林さんが持っていた小型の端末とは違い、別の機械で入り口を開けた。
警報が鳴る訳ではなく、なんらかの細工をするわけでもなく当然のように開いたので、たぶん米軍側にもドシキモ社に機密情報を流している関係者が居ると思う。
新幹線のトンネルは、前回と違い営業列車が走っている時間帯。
列車ダイヤを見計らい、新幹線が通過して、次の新幹線が通過する間合いを見て移動した。
そして、あの迷路みたいなゴツゴツした岩の通路に到着した。
入口のドアが閉まる。
南場さんが「走れ」と僕達の叫んだ。
「鈴木。お前が頼りだ先に走れ。ついていく」と五人は走り出す。
「えっ、なになに?」美佳ちゃんが転んだ。
そして美佳ちゃんは、捕まり僕達も逃走を断念した。
僕達は、基地内部指令室まで連行された。
神林さんもアメリカ空軍の基地隊員も抵抗はできなかった。
僕達五人は、地下迷路に閉じこめられた。
幹部たちは何かをいっている。
南場さんが「夜に迎えに来る。生きて帰りたかったらおとなしく此処に居ろ。逃げたければ自由に逃げろ。ただし出口のない迷路で野垂れ死にするだけだ。好きな方を選べだとさ」と通訳してくれた。
猿山さんが「ふっ。ドシキモ社幹部を閉じ込める作戦が、アタシ達が閉じ込められちゃった訳ね」
美佳ちゃんが「ごめん」と謝った。
「さて。どうしたものかな?此処に居たら幹部の夜の御相手させられるのは確実だし。無駄な抵抗かもしれないけど出口を探すのも悪くないな」
南場さんの決断は誰も反対しなかった。
もともと、全員が懐中電灯を持って入ってきたので照明は確保できている。
道に迷わないように、岩に石で印をつけていった。
美佳ちゃんが、「新幹線の榛名トンネルの位置からして、たぶん地上は佐々山町と地獄沢の小湯山付近だと思うよ。迂回したから位置関係が曖昧だけど。たぶんそうだ」
猿山さんが「地元の子が言うのだから大丈夫だよ。それで?」
美佳ちゃんは「地獄沢って地名は、沢の名前なんだよ。しかも小湯山の裏手に山の地下水が流れ出すトンネル状の水道があるんだ。たぶん。この先を歩けば何処かに水が流れている通路があるはず。そこから出られるかも」と言った。
でも、僕達が歩いている通路は、チョロチョロと足元に水が流れているだけだ。
京子ちゃんが「水って上から下にながれるでしょ。水の流れている方向に歩いて行きましょう」
僕達は、歩き出した。
うす暗い狭い、ゴツゴツした岩場の通路。
流石にヒールではなく、出発時にレインブーツに履き替えったけど足元は滑り易い。
数本の分かれ道もあったけど、適当に進まずに少しでも水量の多い方向に向かって歩いた。
一時間くらい歩いて、疲れて休憩をした。
「喉が渇いた」
流れている水はあるけど、飲めるかどうかも解らない。
僕が水を触った。
ぬるま湯みたいな水の感触。
さっきまでは、冷たい水だった。
「この水暖かいね」
美佳ちゃんも触ると「本当だ」と不思議そうな顔をした。
再び歩き出した。サーって音がしてきた。
「水の音だ」
その音に向かって歩くと、ザーッと水流の音が近づいてきた。
光が見えてきた。「うぉっ。出口か?」
水の中をメイド服を濡らしながら歩く。
微かな温泉の匂いが混じった。低い温泉が流れている事に誰もが気づいた。
でも、頑丈な鉄の柵。点検用のドアがあるけど鍵がかかっていて人間が通れるような場所ではなかった。
それは、目の前に明るい青空や森が見えるのに出られないと言う残酷な絵図だ。
僕は「たぶん、此処は愛理が一度来た事がある場所だよ。愛理の事だから何か仕掛けをしてくれているかも」と小声で言う。
「しっ。誰か来た。救助かな?」
「馬鹿っ。隠れろ敵だっ」
ドシキモ社の私設傭兵らしきサングラスの男たちがショットガンを構えて巡回しているのが見えた。
「武装してる。此処は日本だよ」
美佳ちゃんの疑問に京子ちゃんが
「此処は日本であって日本ではありません。未返還領土。いわゆるアメリカ合衆国だから銃の所持は不思議ではないです」
「おー。そう言われると納得」
幸い、水路の方が高い位置にあるので、気が付かれなかったが、ここから逃げ出す事は容易ではない。
「早苗の婆ちゃんの日記の地図が解読されてるから逃げ道が塞がれているんだ」
美佳ちゃんが言った。
「ピンチなのに嬉しそうね」
猿山さんは呆れた顔で言う。
「なんか映画とかドラマみたいじゃん」
「馬鹿なの?ガチでヤバい状況だよ」
猿山さんの声が響く。
「馬鹿っ。馬鹿なのはアンタよ」
南場さんが小声で怒った。
「どうする?携帯電話は没収されているから何処にも連絡が取れないし」
落胆していた僕達。
「歩き疲れた。どうせドシキモ社って小湯山弾薬庫の迷路のようなトンネル内は把握してるんでしょ。隠れても見つかるよね」
「あー。メイド服ってタグが縫い込まれてるからアタシ達の居場所、ドシキモ社の連中に丸わかりじゃん。今頃、笑ってるよ」
「えー。ご親切に発信機つけて居場所を教えて歩いてるってバカじゃん」
「メイド服、脱ごうか。下着だけど気心しれたメンバーだし。今更、鈴木に見られてもって感じだから」
「えーっ。アタシは嫌だ。鈴木に下着姿見られるくらいなら此処で最期を迎えるよ」
猿山さんが弱音を吐く。
京子ちゃんが「あータグがあるから喋っている声もモロ聞こえですよ。脱ぎましょう」とメイド服を脱ぎ始めた。
嫌がる猿山さん以外は下着姿になって、猿山さんを待機させて出口を見つける話になると、猿山さんは「おいてかないで」とメイド服を脱ぎだした。
「慣れると水着みたいなもんだから意外と恥ずかしくないでしょ」と南場さんが言う。
ジメジメしているトンネル内。
手彫りの岩盤が剥き出しの狭い通路
ギャッピ市松が美佳ちゃんの背後に浮いている。
「美佳ぁ。迎えにきたぞぉ」
「ギャッピ市松か。いま遊んでられん」
「美佳。帰ろうぜ」
「だからさぁ。帰れないんだよ。糞っ」
美佳ちゃんは、急に立ち止まる。
「おおっ。ギャッピ市松。なんで?」
「気が付くの遅いぞ」
「予知夢の姉ちゃんが電話かけてきた」
「飯田さん?」
「おう。あの温泉姉ちゃん。また優と美佳を救いやがったな。前橋に足を向けられないな」
「それは兎も角、何処から入ってきたんだ」
ギャッピ市松は「ホテル鈴木のボイラー室の処の源泉点検口だけど?」
「点検口?」
「愛理がサポートしてくれる」とギャッピ市松が道先案内人を務めてくれる。
ギャッピ市松に案内され、あの温かい水の湧いている付近に出た。
「さっきの温かい水の処だ」
ギャッピ市松は「ちょっと待ってろ」とフワリと浮遊してトンネルの天井に向かって小さな穴を抜けていく。
「ちっ。あんな小さな穴じゃぁロボは通れても人間様は通れないよな」と美佳ちゃんはガッカリした。
南場さんは、壁を懐中電灯で照らすと「いいや、源泉の取水口がある。此処ならい通れるかもな」と望みを託す。
僕達が、その取水口をのぞき込んでいると少し離れた場所でゴンゴンと鉄の板をたたく音がした。
ガン。
その音と共に光が漏れて、愛理が「お待たせ。救助に来たよ」と顔を覗かせた。
「おう、みなさん良かった。メイド服を着たままだとドシキモ社にココの出入り口がバレる処だよ。脱いでくれてサンキュ」
愛理は、「此処がホテルで良かった。バスタオルはたくさんあるよ」と放り投げた。
僕達は、さび付いたドアを抜ける。
そこは、見慣れたホテル鈴木の裏手にある鉱泉のボイラー室だ。
「助かったぁ」
「もう、あんな場所に戻りたくない」
そういうと、ペタンと床に座り込んだ。
愛理が「えーとね。せっかく外に出られたけど。また戻ってもらいますよ」
「なんでよ」
「早苗ちゃんがドシキモ社に捕まりました。あの子。一人で改造モデルガンで大女将の復讐に行っちゃったの。見事に捕まっちゃったけど」
愛理は、渋沢温泉のホテル伊藤のヘルプをしていた時に、発砲音がして幹部を守ろうとしたボディガードが軽症を負った。
でも、さすがアメリカの軍事企業だけあり警察沙汰にならないように上手に処理をして騒ぎにならなかった。
早苗ちゃんは、捕まってしまった。
「たぶん。小湯山基地に連れていかれてる」
一時間後、
愛理が日本政府に頼んでおいてくれたインスタントハッピーカンパニーの制服に似せたダミーのメイド服に着替える。
僕達は最初に閉じこめられた場所に戻った。
そして如何にも、疲れたような顔で放り込まれた小湯山基地の出入口付近で体育座りで待機した。
それを確認すると、ドシキモ社の幹部達は、ニヤニヤしながら「お仲間だ」と迷彩服を着た早苗ちゃんを僕達の前に立たせて笑っている。
「たのしませてもらおうか」と口々に呟く。
僕達は泣きまねをした。
京子ちゃんがドシキモ社のCEOに
「ホテルじゃなくて、此処でしませんか?ボディガードさん達に見られるのは恥ずかしいので二人だけで」と提案をした。
それを幹部達は受け入れ、各自が少し離れた場所に移動した。
既に、僕達は、愛理が用意してくれたクロロホルムを用意していたので、簡単に幹部達を眠らせる事ができた。そして逃げ出す。
今度は美佳ちゃんは転ばなかった。
印が付いている壁を見てはそれを消していく。
そして出口に向かわずに、あの暖かい水が流れている場所に集合した。
ギャッピ市松が「追手が来る。早く入れ」とドアを開けた。
内側からは開かない鉄製のドア。
僕達は入るとゴンと鈍い音を立てて閉めた。
ウォーン機械音のするボイラー室。
愛理が「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれた。
愛理は、人質救出の連絡を神林さんに伝える。
「あとはプロが何とかするでしょ」と微笑んだ。早苗ちゃんが「ホテル鈴木の鉱泉湯沸かしボイラー室が地獄沢源流から取湯していたとは驚きだわ」と周囲を見渡す。
ギャッピ市松が「もう神林の方では地下迷路をロックしたからドシキモ社幹部はうす暗いトンネルで誰にも発見されずに行方不明だ」
不思議な話で、ドシキモ社幹部が行方不明になった報道は一切なかった。
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