佐々山電鉄応援団 第4巻

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佐々山電鉄『リ・デザイン』協議会  僕は、インスタントハッピーカンパニー研究員として紺のメイド服にエプロンドレスを纏いを着て猿山さんと沼川市民文化センターの会議室に座っていた。  円卓にはスーツを着た人達が十人くらい座り隣の席の人と談笑している。  正面には、プロジェクターから投影された画像がスクリーンに映しだされている。  猿山さんは目の前にある資料をぺらぺらと捲り、協議会準備委員の名簿と席順を照らし合わせていた。 群馬県交通イノベーション課の女性課員が僕と猿山さんの処へ来て資料説明と今日の議題について説明を始める。  「地域公共交通活性化・再生法って言ってね……」と説明を始めた処で、猿山さんは「はい。概要程度は存じています」と説明を省かせた。  実は僕は、概要すら知らないので説明を聞きたかった。少しだけ猿山さんを恨んだ。猿山さんに聞いたら「そんな事も知らないの」と呆れられた。知っていて当然の顔だ。  佐々山電鉄の場合は再生協議会というより、既に佐々山電鉄が全線で運行停止。  経営の危うい営業路線の将来を検討するのではなく、既に鉄道が走らない現状。  鉄道による運行を続けるか、バス転換にするかという法定協議会での協議になる。 群馬県は、佐々山電鉄の運行再開に関して群馬版上下分離方式という公的支援導入を検討するのと同時に、地域公共交通活性化再生法に基づく地域公共交通の「リ・デザイン」(再構築)を進めるための同法等の一部改正する法律について、法定協議会の開催を行う。 今回は、本会議の前に関係者だけの準備会議になる。 猿山さんの説明を受けたけど、いまひとつ理解が出来ない。  猿山さんは僕に「まず、データや調査が必要なのよ。佐々山電鉄の現状、鉄道としての存続理由を検証する事から始める事になるわけよ。この資料収集やアンケート調査をインスタントハッピーカンパニーが委託された訳よ」    会議が始まると、会長に就任した委員の大学の先生がコメントを発表。関東運輸局地域公共交通マイスターの先生も自分の持論や意見を発言していく。 群馬県、佐々山電鉄沿線自治体は現状をスライドで発表した。  準備委員会で何度もキーワードで出たのは、従来の赤字だから廃止という鉄道事業者の考え方、それは百円稼ぐのに数万円かかるという話で、企業である限り経営に採算が取れない鉄道事業では存続に対して自助努力、内部補填にも限界がある。   しかし、バス転換も簡単ではなく、バス運転士不足が社会問題となっている現在で実行性は期待できない。行政側も人口減少で将来的に現状の交通システムでは財政負担増加につながる策は困難という回答が出る。全て想定内の禅問答。  準備委員会なので、地域課題の洗い出しだけで具体的な解決策は提示されない。  ようやく議長が「インスタントハッピーカンパニー研究員の猿山さんと鈴木さんです」と僕達を紹介してくれた。  利用者アンケート、観光客アンケート、沿線高校生アンケート、沿線事業者アンケート、沿線住民意向調査アンケートを実施。  それを基に、有識者会議で佐々山電鉄の必要性、経営の独立性、他の手段と比較しての佐々山電鉄の優位性が検討されるという。 現段階では佐々山電鉄の平日利用者で一番利用が多い朝の通勤通学時間帯でのバス転換は、路線バス十台が必要との試算が出てバス転換は困難であり鉄道での運行を継続という結果が叩き台として用意されているようだ。  この協議会も、意義や役割を明確にして専門家や関係する協議会参加者にデータを活用した根拠と資料の視覚化が重要視される。猿山さんはGIS(地理情報システム)とか、バス関係ではGTFSとかを活用していきたいと回答していたけど、僕はチンプンカンプンだった。  この協議会には、実は困った憶測が飛び交っている。 根拠も無い動画サイトが拡散している為だ。 「協議会は鉄道を無くすための会議。バス転換を推進させるため国交省が沿線住民を説得して従わせる為の協議会である」という動画を、それが真実であるかのように流している人達がいる為だ。 事実、それを鵜呑みにしている閲覧者も居るし、テレビの報道も何処か「廃止ありき」という危機感を募るだけの偏った内容のモノが多くみられる。 正しい情報の発信が不足している。  新しい事には、どんな事でも必ず誤解、基礎知識の欠落による批判、仮に正しく理解しても必ず賛否両論はある。  そんな会議のメンバーにも僕と猿山さんに「アンケートは期待していない。回収率が半分行けば上出来。たぶん7割は無回答。返信すらないよ」と最初から馬鹿にしたような笑う出席者も居る。  僕は少し頭に来たけど、猿山さんは逆に冷静に「そうですね。県内の他社でも回答が2割しか回収できませんでしたからね」と余裕の顔で回答した。笑っていた相手も「失礼した」と真顔になり「猿山さんだったね。君は本物の技術者のようだ。大変失礼した」と謝罪を受ける。  見た目は、穏やかな会議だけど、駆け引きのある伏魔殿かも知れない。
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