佐々山電鉄応援団 第4巻

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 中途半端な時間に会議が終わった事で、僕は学校に戻っても六時間目の授業には間に合わない。下手に徘徊して警察官に補導されても困る。  会議に参加していた佐々山電鉄の社長の神林さんに車で沼川本町駅の裏手にある佐々山電鉄本社前まで送って貰った。 本社には寄らずに、本社敷地内を出ようとしたときだった。 電力区と保線区の間に、いつもは誰も居ない平屋の建物に数人の佐々電職員以外の見かけない人達が出入りして何かの作業を建物の外で行っている。 此処は、佐々山電鉄労働組合。  春闘の時期には、赤い組合旗が掲げられていたりする。昔はストライキとかで電車を止めたりして賃金交渉をしたり労働環境改善の要求を会社にしたりしていたらしいけど、最近では交通政策の事で、僕達の応援団の活動にも興味を示してくれる。  美佳ちゃんも「本社の人よりも交通政策の勉強を現場の人達の方が真剣に考えて居るかも」と言わせる位、頑張っている。  でも、労働組合の人は少し怖い気がして僕は距離を置いていた。 電車運転士の藤原さんが「おっ。優くん。こっち来なよ」と声を掛け手招きしていた。 労働金庫とか、全労済とかのポスターが貼られた事務所前で数人が何かを作っている。良く判らないけど箱状の物だ。 その作業は、頑張るぐんまの中小私鉄フェアで使う大道具的な工作作業。他の県内私鉄の組合員さん達と作成していた。 十一月上旬に開催される“頑張るぐんまの中小私鉄フェア”というイベント。  佐々山電鉄の電車の車庫を一般開放する。佐々山電鉄では初めての試みだけど、群馬県内の上信電鉄、上毛電気鉄道、わたらせ渓谷鐡道では従来から輪番で毎年一回、秋に開催されている恒例行事。  車庫の一般解放では、電車の展示、撮影会だけでなく鉄道部品の即売会、鉄道模型の展示、普段では一般の人が入れないれない車庫見学、そしてイベント会場では地元高校生の吹奏楽演奏や、地元アイドルライブも開催する。  佐々電労組も県内の労組と参加する。 「彼ね。あの天才高校生集団インスタントハッピーカンパニーの研究員でもあり、佐々山電鉄応援団の頭脳なんだよ」と紹介されながらも、当然「彼?」と紺色のメイド服にエプロンドレスを身にまとった見た目は女子高生みたいな恰好の僕を誰もが不思議そうな顔をしてみていた。  いつもの説明をして、理解して貰うと半分は僕を「凄いね」と興味と感心を持って喜んで迎えてくれるけど、半分は僕を睨み、口すら利いてくれない。  空気を読んでくれた人が僕に「鈴木君は悪くは無いけどね。ほらインスタントハッピーカンパニーってRRRMSとか自動運転バス。ライドシェアの研究してるでしょ。それ労働組合の中では自動運転もライドシェアも反対している人が多いんだ」と言う。確かに経営合理化や労働者排除の危険性が高い件だから歓迎される筈はない。  怖そうな男性が「おい。多いんだじゃねぇよ。組織的には自動運転もライドシェアも完全反対なんだよ。それを研究してるガキと仲良くできるかよ」と言い放つ。 「大人気ない事いうなよ。相手は子供だ」 「自分達の生活やプライドがある。他人の茶碗を割るような研究をされちゃぁ迷惑なんだよ」 新しい事を考えると古い事が淘汰される。誰かが賛成する話には、必ず裏では誰かが泣いている。そして反対する。 僕の考えを言う流れになった。 「僕は、あくまでも個人的な意見として言います。自動運転もライドシェアも基本的には反対です。理由は自動運転は技術だけが進歩しても肝心なお客さんがマイカーに乗り続ければ、現在と同じままです。根本的な改革もしないで無人運転バスを走らせても、マイカーを捨ててまでバスを利用しない。誰も歩かない街に無人のバスが巡回するだけの未来しかないです。でも、自動運転バスを反対するだけでは、それもバス業界自体が将来的に消滅します。使える物を利用して労働者やバスの需要回復に繋げるのも考え方の一つですよね。バス業界の生き残りと、一人でも多くの利用者を増やす手段に繋がるのも事実です」  あんなに怒っていた人が「面白い考えだな」と僕の話を聞いてくれるようになった。 「それでライドシェアはどうなんだ?」と聞いてくる。 「他の国が実施しているからとか、タクシー不足が深刻化しているからという理由だけで、安全性や関係者との合意形成をロクに論議しないで早急に実施している現状は論外です。僕も手段として他の交通手段がないライドシェアは地域によっては絶対に必要です。これを反対して剥奪しては逆に地域交通を崩壊させる思います。でも、現在の日本のライドシェアの導入は間違いだと思います。既存の鉄道やバス事業者の経営を余計に悪化させる危惧があるのも事実。本当はもっと煮詰めてからスタートさせるべきでした。現状のライドシェア実施の仕方は僕は反対です」 「ほう。若干のズレはあるが、大筋では俺達と同じ意見だな。まぁ認めてやる」  佐々山電鉄労働組合の前での喧々諤々の論争は「少しは話が通じる奴」という感じで鎮静化した。  僕は、組合本部の中に初めて入った。 各労組からの寄せ書き、会社の事務所みたいに事務机の上にパソコンや書類が山積みになっていて、麦茶を貰いながら話を聞いた。 「いまは、労働組合も交通政策の勉強をしているし、鈴木君の言っている意味も理屈も理解できる。うーん。まずな。佐々山電鉄を早く運転再開させないとな」 「佐々山電鉄応援団。俺達も力にならんと」  佐々山電鉄労働組合。 全国組織に加盟していて、労働者同志の仲間意識、組合同志の助け合いの精神強固。  裏話では、佐々山電鉄事故後の代行バス依頼された側のバス事業者も、バス運転士の限られた中で、自社内での通常運行が厳しい中で、佐々山電鉄のバス代行は請負はできないと非協力的な会社も多かった。   「佐々山電鉄の仲間を救済しよう」と各労働組合の人達が声を掛け合い、無理をして予備のバスを手配してくれたり、佐々山電鉄の代行バスの運行に協力してくれて現在の輸送が賄われているという事だった。  佐々山電鉄の早期運行再開も、署名活動やカンパ、国会議員への陳情とかもしてくれていたらしい。  佐々山電鉄の運行再開は、それでも困難を極めている。  群馬県の県議会議員の中には、佐々山電鉄の財政的支援には沿線地域全体の一丸となった合意形成が欲しいという意見が多い、特に沼川西地区の反対する地域を説得しなければならない。僕は、現状を労働組合の人達に説明した。  最初に、僕に対して怒っていた男性は、国越バスの副執行委員長という立場の人で「西地区か。あそこと闘っているのか?鈴木君は」と困惑した顔になった。 「西地区は、佐々電バスが駅まで走るからって売り込みで団地化して完売したニュータウンだ。それを赤字を理由にバスを廃止したからな。佐々電には恨みが山積してるんだ」そして、「さっきは怒鳴って悪かったな。そうか。佐々電の為に頑張ってくれる仲間に対して悪い事を言ったな。自動運転バスもライドシェアも反対だが、地域全体の鉄道やバスと上手に連携を取れる。俺達が共栄共存できるシステムなら他の仲間にも説得力があるだろうが……それ未知数だろ?難しい話だが……」  僕は「RRMSは、自動運転ですが指定区間外は従来の路線バス同様にバスの運転士さんが必要です。方法によっては、RRMSを自宅近くまで運行してマイカーに変わるドアツードア的なファースト・ラストワンマイル(自宅から拠点交通機関輸送・拠点公共交通機関から目的地輸送)というシステムを活用すれば、ライドシェアに対抗できる可能性もあります」 「ライドシェアに対抗か。いままで反対しか選択肢がなかったが、ライドシェアに対抗。自動運転は共存するって考え方は誰も提案すらしなかったな」と大きなため息を吐いた。    不仲だった佐々山電鉄労使間の問題は一時棚上げされ、佐々山電鉄運転再開までは佐々山電鉄応援団と一緒に、様々な交通課題解決への会議やイベント開催を労使共同で行う事を、神林社長と佐々山電鉄労働組合執行委員長の合意締結が行われた。
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