0人が本棚に入れています
本棚に追加
一日限定アイドルグループ
名ばかりの秋。
夏みたいな暑い日が続き地球温暖化も本気で取り組まないといけないと感じる今日この頃。
高校生応援団のホームグランドとなる会議室を備えた沼川無料カフェ。
一階は観光案内所や市役所の出先機関とかが入っていて二階が会議室になっている。
この無料カフェでは、地域課題や交通問題のアイデアを用紙に書いて投函箱に入れるとカップ式自販機から一杯無料で好きなドリンクが飲める。
その二階で、僕はパソコンを叩き、従姉妹の愛理はスマホを眺め、佐藤美佳はカップジュースの氷をガリガリと口の中で砕いていた。
愛理は、暇そうにしている美佳ちゃんに
「美佳ちゃん。イベントのステージ。群馬特使アイドル・はるな団の出演依頼の件。相手方の事務所へ電話した?」
「まだ、してないよ」
「えー。ちょっとヤバいよ。相手はアイドルグループだよ。先約が入ってるって断られたらアウトじゃん」
「ほい。解った。電話番号って何番?」
「ネットで調べれば?」
「おー。なるほど」
美佳ちゃんは、相手が電話にでると楽しそうに会話をしていた。電話を切ると美佳ちゃんは自分のスマホを出した。
「愛理。写真撮って」と数枚の美佳ちゃんの顔字写真と全身の写真を撮影して送信していた。
愛理は心配そうに「イベントの参加依頼の打ち合わせに、なんで美佳ちゃんの写真が必要なのかな?」と首をかしげていた。
美佳ちゃんは、送信すると相手から直ぐに返信が来た。
「今度の日曜日に高崎の事務所に大人の保護者と来てください。だってさ」
打ち合わせ当日。
美佳ちゃんママは仕事があるので、渋沢町役場の神園さんが送迎ついでに打ち合わせに同行してくれた。
僕も同行したけど、何処にでもある雑居ビルの三階に事務所はあってエレベーターを降りると直ぐに、アイドルグループのポスターが貼られた事務所を見つけた。そのドアのインターホンを押す。
対応してくれたのは、中年の女性、来訪を告げると事務室の応接室に案内された。
怪しげな男性が座ると打ち合わせ開始。
美佳ちゃんは、群馬県在住かとか、平日にレッスンに参加できるかとか面接みたいな質問をされていた。
なんか変だと思って再確認をしたら、美佳ちゃんは、新規ユニットのオーデションの応募専用ダイヤルに電話した事が発覚した。
美佳ちゃんは、平謝りして交渉再開。
結果的には、一か月前から佐々山電鉄のイベントの日は、既に他のイベントが入っているというので出演は叶わなかった。
でも、事務所の人は「群馬県を元気にしたいという気持ちは伝わりました」
「ウチのメンバーね。赤城山エコ活動で森林保護とかしてるんですよ」
「ほう。それはそれは」と美佳ちゃんは偉そうに返答した。
「お話を聞くと、皆さんも地域の為に活躍されている。今回は御縁がありませんでしたが、私たちとしても群馬県の為に頑張る高校生を応援したい。そこで……」
「ほい。ほい。なんでしょう?」と美佳ちゃんも何かを期待しているようだ。
「そのイベント。ウチのメンバー参加は難しいですが、逆に皆さんが一日はるな団としてステージに立ちませんか?」
「一日、はるな団?」
「そうですよ。ウチの楽曲と衣装はお貸しします。正規メンバーは他のイベントに行っていますけど、小学生の研修生なら対応はできますよ。地域貢献の高校生とコラボ」
美佳ちゃんは「小学生の研修生?」と少し馬鹿にしたような態度を取った。
芸能事務所の人は、過去のビデオを見せてくれた。歌もダンスも超一流。
美佳ちゃんは謝罪した。
「小学生の研修生とコラボならウチも、彼女達の経験を積ませられます。メリットはありますからね」と契約成立。
翌日。
沼川無料カフェ二階会議室。
愛理が「はぁ?アタシ達がアイドル?」
西村さんが爆笑して、みのりちゃんが「ムリですよぉ」と赤面し困惑している。
美佳ちゃんは「あとさ。優も出すけど、芸能事務所で借してくれる衣装は6着なんだよ。あと1人見つけようぜ」
愛理が「麻友ちゃんは?」と僕に言う。
「麻友は嫌がっていてダメ。美佳ちゃん。早苗ちゃんは誘える?」
すると西村さんが「早苗ちゃんってホテル伊藤の御令嬢?」と聞いてきた。
「西村さん。早苗の事を知っているの?」美佳ちゃんが驚く。
「知っているも何もサバゲー女子だよ。あの子。良いスジしてるんだよねぇ」
「サバゲーって何?」と美佳ちゃんが問う。
「サバイバルゲーム。エアガンとか使って実戦さながらの戦争ごっこだよ」
美佳ちゃんは「嘘だよ。早苗って誰よりも戦争嫌いの平和主義者だよ」
長谷川君は「嘘なもんか。本職の俺や西村さんでも驚くほど本格的な射撃の腕だ」
美佳ちゃんは、それでも認めない。
「あの事故の所為で亡くなった早苗の婆ちゃんが、戦時中に当時の女子高生も学徒動員で、小湯山の弾薬庫掘削に従事していたんだ。その苦労から戦争の話を嫌うんだ。婆ちゃん子の早苗も同じだ」
その話は、僕は初めて聞いた。
「早苗ちゃんのお婆ちゃん。小湯山の弾薬庫掘削に関わっていたの?」
「そうだよ。いまの沼川女子高が女学校って呼ばれていた戦時中に、当時の旧・日本陸軍鉄道聯隊の指揮下で強制労働をさせられていたんだ」
西村さんは「そっか。早苗ちゃんが美佳ちゃんや鈴木君には内緒って、お婆ちゃんの仇を取るために?」と心配そうな顔をした。
「仮に、そうでも想像が出来ない」
美佳ちゃんが納得できない顔をする。
西村さんが「もう知っちゃったんだから、証拠写真を見せても良いかな?」
西村さんのスマホで撮影された写真には膝を立ててゴッツイ銃を構える早苗ちゃんの姿。
僕は、驚いた。
学校では制服、ホテルでは着物、私服でもスカートやワンピースしか着ない女子。
迷彩服のジャケットに自衛隊さながらの迷彩柄のズボン。本格的に防弾チョッキにヘルメットを装備して、目を守るゴーグルまでしていた。
僕は、前にインスタントハッピーカンパニーの制服であるメイド服での活動を早苗ちゃんに見られたことがある。
いつもなら笑顔で「鈴木君は女子より女性の服が似合うよね」と嬉しそうに拍手喝采する早苗ちゃんだが、その時だけは無言で僕を睨んでいた事を思い出した。間違いなく、ドシキモ社とインスタントハッピーカンパニーに復讐をする気だ。
僕は、その事を美佳ちゃん達に相談する。
「インスタントハッピーカンパニーの制服を見て睨まれたかぁ」と同じ心配をする。
美佳ちゃんは「優の場合は潜入だからな。今後、早苗が優に情報を得ようとコンタクトを取ってくる可能性もあるかもな」
西村さんは「うん。可能性はあるよ」
「まぁ。まだ復讐をすると決まった訳じゃない。単なるストレス発散かも」
結論は出ないので、一旦保留になる。
美佳ちゃんはアイドルの話に戻す。
「早苗はアイドル活動どころじゃないな」
西村さんが「雨宮京子は?美少女だしぃ」
「京子ちゃんはアメリカだからなぁ」
「おっ。前橋の温泉姉ちゃんはどうだ?」
美佳ちゃんが「予知夢の子」と手を叩く。
「飯田さん?」
「そう飯田さん。聞くだけ聞いてみてよ」
美佳ちゃんが電話をした。
意外にも、飯田さんは「いいよ」と即決。
飯田さんの参加が決まった。
「それで、うち等のメンバーは決まったけどさ。歌とか振り付けとか練習は?」
僕はネットで、公式の動画を探した。
はるな団の楽曲で“さくら超快速”という楽曲をみんなでダウンロードした。
美佳ちゃんは「事務所の承諾は受けたから無断ダウンロードにはならないよね」
普段は、いい加減な美佳ちゃんも時々、正論や妙な心配をする。
「良い歌詞だよね」
「そんなに激しいダンスもない。イケるかも?」
「うわっ。サビの部分ってぐっとくる」
なんども動画を再生して、振り付け、歌唱の練習を繰り返した。
数日後、当日着用する衣装が届いた。
白いワンピースに薄手のサクラ色のスカートを重ね着する。
あの、制服のスカート以外は着用しないスカート嫌いの美佳ちゃんですら「可愛い」と絶賛していた。
週末に、前橋から飯田さんが遠征してきた。
飯田さんは、学校が終わると電車の乗り継ぎでJR沼川駅まで来て、徒歩で一駅先の沼川本町まで来たらしく、沼川無料カフェが解らずに沼川本町駅から電話を掛けてきた。
僕と美佳ちゃんが迎えに行った。
沼川無料カフェに来ると「良い処を使わせてもらってるのねぇ」と内装を見渡す。
美佳ちゃんは、カップジュースの自販機で「何が良い?協力者だから無料だよ」と飯田さんに教えると、意外にも飯田さんは温かいブラックコーヒーを選択した。
美佳ちゃんが「大人だね」驚いていた。
飯田さんは、既に動画で確認済で直ぐにダンスと歌唱の練習に入れた。
二時間くらいして帰宅の途につく。
飯田さんは、前橋に帰らずに僕と愛理と一緒にホテル鈴木に宿泊する。
美佳ちゃんも僕の家に泊まる。
僕は、普通に自宅の風呂に入ったけど、女子三人はホテル鈴木の大浴場を使う。
「愛理も一緒に入ると予知夢対象なの?」
「うーん。必ずってわけじゃないんですよ」
続けて飯田さんが「本当に気まぐれ的な感じで夢に未来の事が出てくるだけで、自分でコントロールは出来ないんです」と言う。
そんな話をしながら大浴場に向かう時に、飯田さんが「鈴木君も一緒に入る?」と振り向きざまに声を掛けてきた。
美佳ちゃんは「おう。来いよ」と笑い、愛理はクスクスと笑う。美佳ちゃんは「嘘だよ、スケベ。真に受けるなよ」と睨んだ。
僕は、一人で湯船に浸かる。
自宅の風呂も、昔の温泉宿の旅館の改装なので湯船は一般の家の風呂よりも少し大きめだけど、無駄に洗い場が広い分、冬場は寒い時がある。
愛理達が入る大浴場は、温泉法改正で今は地獄沢温泉を名乗っているけど、昔は地獄沢鉱泉と呼ばれていた。小湯山から湧き出る低温の源泉は人工的にボイラーで加熱しないと入浴に適した温度にならない。
三人が風呂からでると、愛理は可愛いパジャマだけど、美佳ちゃんはジャージ。
飯田さんは普段着のままだった。
「いいお湯でしたぁ」と飯田さんは満足そうに言う。
愛理が、冷蔵庫から事前に買っておいた冷えた一リットル紙パックのコーヒー牛乳をコップに注ぎ、各自に渡した。
「愛理。サンキュ」と美佳ちゃんが腰に手を当てて飲み干す。
愛理は、浮かない顔で「優ちゃん。飯田さんねぇ。報告があるって」と僕に言う。
「えっ。なに?」
「えへへっ。インスタントハッピーカンパニーからスカウトの打診があったのよぉ」
飯田さんは、嬉しそうに僕に報告する。
先日、インスタントハッピーカンパニー研究所から連絡がきたらしい。
飯田さんは「鈴木君さぁ。インスタントハッピーカンパニー研究所の人事の人に話をしてくれたんだぁ。ありがとう」
僕は、飯田さんの話を人事の人に喋っていない。
「担当はね。佐藤さんって人らしいよ」
美佳ちゃんは、自分の事だと勘違いしたらしく「ほい?呼んだ?」とキョトンとしていた。
同じ佐藤でも、これは瑠佳ちゃんの事だ。
「それで?」と僕が聞くと飯田さんは
「5号棟だって。なんの部署かなぁ」
5号棟は、あの倉庫みたいな精神を病むような施設だ。
よりによって飯田さんが、なんで5号棟送りになるんだろう?
僕は慌てて部屋に戻った。
瑠佳ちゃんに直接電話で聞いた。
瑠佳ちゃんは淡々と僕に理由を語る。
「飯田?あぁ。前橋の子かぁ」
あまり関心はないような口調。
「なんで5号棟なの?」
「内部調査の結果。ウチってインスタントハッピーカンパニー研究員の害になる人材は要らないのよ。だから5号棟送り」
「なんで飯田さんなの?予知夢が僕の害になるの?」
「予知夢なんて最初からなかったんです」
「どういうこと?」
「鈴木さんが前橋の中学校で例の問題を起こした相手の安藤って女子は覚えてますか?」
「うん」
「安藤に虐められていた薬師寺さんは?」
「うん。覚えてる」
「あのイジメ事件。最初から飯田と安藤が共謀していたとしたら?」
「意味が解らないよ」
「鈴木さんがクラスメートの前で水着を脱がされたという事案は飯田の指示」続けて「予知夢どころか飯田自身が安藤に命令して実行させたなら?」
「でも、電車の事故は?」
「インスタントハッピーカンパニー研究所に、薬師寺が居るから情報を事前に知りえていたなら?あの頃、鈴木君のスカウトの話もでていたのよ。時期的に合致する」
「えっ。でも」
「イジメ問題で、一番悪いのはイジメを受ける側に問題があるからとか、イジメを受けて当然という被害者に自分の努力不足が原因という固定観念を受け付けるか、または物理的にイジメを受けている人の服を脱がせて人間としての尊厳を奪い、大人に言いつけたら拡散するとか衆人環視の前で痴態を晒すという行為で黙らせる」
僕は黙り込んだ。
「心当たりはあるでしょ。被害者である鈴木君を追い出した学校も。その仕組みを承知して面倒ごとを揉み消した」
「その精神的な苦痛を与えた根源をインスタントハッピーカンパニーは研究員の保護と今後の業務に支障アリと判断した」
瑠佳ちゃんは「そもそも、飯田の両親が変でしょ。普通さ。クラスメートの男子と自分の可愛い娘を一緒に入浴をさせる親ってどう?親も鈴木君を利用していた訳」
家族くるみで、娘の願望を叶える為に家に露天風呂を作って、家族くるみで僕を騙していたというのだ。
「でも……」
瑠佳ちゃんは「一番ダメなのは、鈴木君の担任の女教師ね。あり得ない対応だよ」
「でも、それは飯田さんは関係ないよね」
「それが、関係ありそうなんだよね。その女教師。過去に男性から暴行を受けた経験があって悪いのは男性って固定観念がある。飯田って女子は医学書とか読み漁っていてね。精神的な医学書も網羅していた」
「えっ」
「担任教師を精神支配できたとしたら?」
「……」
「怖い子ですね。まだあるよ」
瑠佳ちゃんは「安藤が行方不明の時期さぁ。確かに安藤は五号棟に居たよ。自分の意思で来たんだ。自分は優秀だからスカウトされたって意気込んでね。でも身の程を知って、膝を抱える毎日。髪の毛が真っ白になるまで自分を追い詰めただけの話。自業自得だよ」
僕は飯田さんを信じたかった。
瑠佳ちゃんは「以上は、あくまでもアタシの推測です。飯田って女子が本物の予知能力者なら大歓迎ですけど。現時点では、そんな怖い人間は五号棟送りって話ですよ」
「飯田さんが黒幕ってこと?」
「現段階ではね。スカウトは十二月初旬。鈴木君が飯田を守る気ならアタシを納得させる仮説と証拠を提出してくださいね」
電話を切る。
一階の居間に戻ると茶菓子とジュースを囲み女子会が開催されていた。
愛理や美佳ちゃん、そしてインスタントハッピーカンパニー研究所にスカウトされたと喜んでいる飯田さんを見て複雑な心境になった。なんとかして、飯田さんが五号棟送りになるまえに、飯田さんの潔白を証明しないとダメだ。
最初のコメントを投稿しよう!