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沼川西地区にコミュニティバスを
西地区での出前授業。
沼川市の道路維持課の課長が地域からの依頼で引き受けた行政サービスの一環だ。事前予約制で無償で約三時間コース。
沼川西地区の丘陵地帯の頂上付近にある地域の公民館。
沼川市道路維持課の鬼瓦課長から、僕と猿山さんも参加する事になった。
事前に僕は、あの国越バスの沼川営業所を訪問して国越バス労組の副執行委員長と打ち合わせをしていた。
自動運転に改造したRRMSバスの試作車両を一時的に沼川営業所に預ける。
見た目は通常の日野ポンチョ。
既に、国越交通は沼川市内に自動運転バスを走らせる実証実験をしているので、いまさら珍しくもないのだが多くのバス運転士がRRMSバスを見物に来る背景は電気バスという珍しさだ。
群馬県内の交通事情の殆どが、電車が一時間に一本、バスが三時間に一本とかいうレベルが多い、好きな時間に好きなタイミングで何処にでも行けるマイカーに代われない。簡単に本数を増やした処で、マイカーも利便性に慣れた人達の交通変容は起こせない。
排気ガスとか環境問題でマイカーより優れて居ればイメージは良くなり、環境破壊を気にする人は公共交通を選んでくれるかも知れない。まずは小さな一歩。
集まってきたバスの運転士は、此処でも賛否両論「電気バスで榛名山の急勾配を登れるのか?」「充電不足とかが心配だな」「いやいや。新しい技術を駆使しないとバス利用者が逃げる一方だ」など様々な意見があった。
なんでRRMSバスを国越バスの沼川営業所に持ち込んだのかは、その日の夕方に沼川西地区まで運行して出前授業の公民館前に展示する為だった。
同時に、沼川ショッピングモールの買い物客を駅から無償送迎するハイエースも公民館に展示する。
沼川西地区の住民たちは、いま佐々電問題と並行して地域のコミュニティバス運行を考えて居る。
相手の欲しがる物を交渉に使うのだ。
夕方、鬼瓦課長、僕と猿山さんはポンチョに乗り込み沼川西地区をめざした。
事前に告知していたので、沼川西地区の小学生や中学生が試乗を待ちわびていた。
公民館の中では、既に会場は用意され鬼瓦課長と僕、猿山さんは用意された席に着座した。
まず鬼瓦課長は、佐々山電鉄の運行再開に関して群馬版上下分離方式という公的支援を検討するのと同時に、地域公共交通活性化再生法に基づく地域公共交通の「リ・デザイン」(再構築)を進めるための同法当の一部改正する法律について、法定協議会の開催を行うことを表明した。
まず、データや調査が必要で、佐々山電鉄の現状、鉄道としての存続理由を検証する事から始める事と説明した。
僕は、あくまでもインスタントハッピーカンパニー研究所の人間として参加する事を条件に、沼川西地区の会議に参加を許された。
相変わらずのメイド服だけど、既に慣れてしまっていて作業着としての服装として全く抵抗が無く着てしまっている。
そんな事より、沼川西地区のコミュニティバス問題を解決しないと佐々山電鉄の運行再開が難しくなる。
反対する地域の人にも説明して合意形成を得ないと佐々山電鉄の住民の総意という県議会や沿線市議会の佐々電の運行再開に懸念を示す議員を説得できないのだ。
その後、コミュニティバスの話になった。
「沼川市地域公共交通計画についてお話します」
沼川市が目指す公共交通。
人をつなぎ、地域を結び、暮らしを支える。
「まず行うのは沼川市の公共交通ネットワークを構築することです」
公共交通の利用環境の充実。
公共交通の利用促進を図る。
プロジェクターでスクリーンに映し出す。
「此処で、皆さんに考えていただきたいのは公共交通を取り巻く社会情勢です。人口減少、自動車依存の生活と都市構造。公共交通利用者の減少」
傍聴している沼川西地区の住民は、興味なさそうに聞いている。
「時代に対応した、誰もが利用しやすい公共交通の実現。そこを考えていきましょう」
自治会長は「そういうのは聞き飽きたよ」
傍聴者も、口々に「概要は良いからさぁ、沼川市として西地区にコミュニティバスを走らせるかって回答を聞きたいんだよ」
鬼瓦課長は困った顔をして「沼川市の市民80%がバスを全く利用した事が無い訳でして、沼川市内の市民約3割が皆さんと同じ公共交通不便地帯でして、沼川西地区だけに整備は難しい状況なんですよ。年々厳しさを増す財源状況。公共交通に拠出できる原資の減少とかありまして……」
なんか雲行きが怪しくなってきた。
大手コンサルト企業の役員は「地域公共交通活性化再生法の話。どうなってるの?協議会の準備だけで佐々山電鉄を存続する方向で進んでいるらしいけど順序が違うよね」と不満顔だ。
医師は、「自動車免許を返納したら生活ができない、病院に通えないって人達の救済はどうなっているの?」と言葉を荒げる。
ベンチャー企業の社長は「あのねぇ。MaaSを使った他社交通事業者の連携やデータ共通化とか前向きに進めましょうよ。再生法にも根拠あるデータの活用ってあるよね」
沼川西地区の人達は、理解しているが故に納得させるのが難しい。
そして、お鉢が僕に回ってきた。
「インスタントハッピーカンパニー研究所の子はどうなの?何か提案とかある?」
「民間活力の利用はどうでしょうか?」
「おっ。面白いね」
喰いついてきたのは、意外にも医師だった。
てっきり大手コンサルト企業か、ベンチャー企業の二人だと思っていた。
医師は「具体的に?」と興味津々で聞いてきた。
「沼川ショッピングセンターで、面白い話を聞いてきまして……」と僕は話を始めた。
沼川市の中心商店街や駅前商店街をシャッター通りに変えてしまった沼川ショッピングモール。
より大きな映画館も備えた大手ショッピングモールが高崎郊外に誕生している中で、佐々電の事故で道路渋滞を避ける買い物客が少し足を延ばして高崎郊外まで遠征してしまったらしい。
確かに、沼川ショッピングモールの専門店はべニア板で囲われたテナント募集の空き店舗が目立ち始めている。
沼川ショッピングモールは名古屋に本部がありテコ入れが入っているそうだ。
インスタントハッピーカンパニーにもスポンサー契約をしている研究員が居て僕にも相談があった。
ショッピングモールの送迎用バスをコミュニティバスとして延伸させる事で、買い物不便地帯の住民を取り込む話だ。
翌日。
僕達が学校を終えて定例会ではないけどイベントが近いことから毎晩集合する日が多くなった。
「頑張ってね。これは皆さんで食べて」
嬉しいことに、地域の人達が差し入れにきてくれる。
沼川市だけでなく、渋沢町、佐々山町にも学校モビリティマネジメント授業は展開された。
渋沢温泉組合、観光協会も授業参観みたいに学校に出向き教室の後ろで生徒達の授業風景を見てもらえた。
地域のテレビ取材や新聞記事。その後に全国版のテレビの取材、そして福井県からもテレビや新聞の取材がきた。
鉄道やバスの存廃問題は全国各地に火種がある、支援や応援、同じく自分達の地域から鉄道やバスがなくなる危機で、何をしたらいいのか解らない人達が、僕達の一挙手一投足に期待をしているという手紙も来た。
翌日の夕方
沼川西地区の自治会長と沼川無料カフェに来訪してきた。
いままで、沼川市とインスタントハッピーカンパニー研究所だけが窓口だった。
今日は僕に用事があってインスタントハッピーカンパニー研究所を通さなくても直接、沼川無料カフェに来れば話ができる思って来たそうだ。
「昨晩の続きだよ」と自治会長が切り出す。
大手コンサルト企業の役員は「あのあと、いろいろと他の事例を調べた」と言う。
美佳ちゃんが、お茶を人数分だした。
医師は、「自動車免許を返納したら生活ができない、病院に通えないって人達の救済はどうなっているの?って私は言ったが訂正する。そして詫びる。すまんかった」
ベンチャー企業の社長も「MaaSを使った他社交通事業者の連携やデータ共通化。いまの佐々山電鉄にデジタル化を急がせても、MaaSという物が単なるデジタルチケット化と勘違いされる危惧がある」
僕は「デジタル化は手段であり目的ではないですからね」と回答した。
「そうだ。理解しているな」と医師は言う。
日本版MaaSの失敗例の多くがコレだ。
国の補助金を使っても、高齢者の多くがモバイル端末システムを使いこなせない。
事前に、導入する地域公共交通への自動車から公共交通利用へのモビリティシフトの基盤が構築されていないので多額の予算をつぎ込んでデジタル化をしても利用が促進されずに地域の人達は今まで通りマイカー中心の生活を続けている。
慣れ親しんだ自分の生活リズムを新しく作られた理解できないシステムに切り替えて貰うには、それを理解し納得が必須。
「他人は自分が理解して納得しないと動いてくれない。行動変容を起こさない」
ベンチャー企業の社長は「魅力あるものでも、相手側に体験して貰い、そしてマイカーよりも魅力ある環境を整えないと難しいんだよ」と悔しそうな顔をした。
昨晩まで、行政責任を追及していた反対派地域の自治会長と三人の中心人物は、態度を一変させたのには理由があった。
昨日の会議後に、自治会長は小学生になる孫、三人の中心人物の家にも小学生や中学生の息子や娘が居るらしく、ちょうど昨日は沼川西小学校で埼玉土木短大の長瀞先生がモビリティマネジメントの授業を行い行動プラン表を家庭に持ち帰らせた。
ご家族の皆さんにも考えて貰いましょうという行動プラン表。
本当に、偶然なのだけどナイスなタイミングで沼川西地区の住民の心に刺さった。
行動プラン表の他に、アンケート用紙も数枚はいっていたらしい。
僕は見せて貰った。
一枚目は回答者自身への質問で在住地域、年齢、職業、世帯人数、自動車運転免許の有無と返納の有無、主な外出手段、バス停までの距離。
二枚目は、主な外出先、移動手段、移動頻度。
三枚目は、民間路線バス、沼川市コミュニティバス(定時定期路線)を利用しているか利用していないか、利用しない理由(路線が無ければ在れば利用するか)、デマンドバス(予約制不定期路線)を利用しているか、利用しない場合利用しない理由。
四枚目が興味深かった。
四枚目は、沼川市の一年間の財政負担金額が(税金での負担)が記載され、利用者減少傾向、国からの補助金減少など沼川市の負担額が増えると記載されていた。
運賃の値上げ(住民の負担額)は何処までなら出せるかという記載だった。
五枚目には、どうしたら沼川市の交通網を維持して将来に繋げられるか?という質問。
たぶん、これを行政である沼川市がアンケートを取れば「行政がするべきことをしないで市民に丸投げしてきた」と批判を浴びる。佐々山電鉄や国越バスが行っても「運賃を支払い運行している交通事業者幹部が経営責任を放棄して利用者に泣きついてきた」と同じく批判の的になる。
でも、学校でモビリティマネジメント授業として“自分達の住む街の課題を生徒や保護者で考える授業”の教材なら別だ。
行政が悪い、交通事業者の努力不足と地域住民を先導してきた自治会長、三人の中心人物からすれば都合の悪い話になる。
僕は「交通問題で存続、廃止という選択肢しかなく赤字なら廃止という議論から抜け出すには、地域住民が当事者意識を持つ話ですね」と独り言を言ってしまった。
「このアンケート。具体的な金額、何をしたら持続可能な移動手段が、他人事ではなく自分達の事として正確な情報を与える事で、地域課題を他人事ではなく自分達が解決する事を促している訳ですね」
どうやら自治会長の家に昨晩から数件、住民から「行政や佐々山電鉄、国越バスに文句や苦情を言うだけでなく、沼川西地区も行動しなければダメじゃないのか」「佐々山電鉄応援団の高校生達の方が大人より頑張っている。恥ずかしくないのか」という電話が来て、今日になって沼川無料カフェに足を運んでくれたらしい。
「昨晩の、沼川ショッピングモールの送迎バスの件で少し話を進めたいのだが……」
その日は、三十分ほど話をして切り上げた。
三日後に、沼川西地区と沼川ショッピングモールで話し合いをした。
行政主導のコミュニティバスではなく、民間商業施設の車両を活用した地域主導型という珍しい形態で運行が可能かを討議する事になる。
市議会の議員の中には、どうせ泣きついてくるとか、すぐに運行停止になると見下している議員もいる。
事実、困難が多く、既存の国越バス路線に被らないとか、地元タクシー事業者からの反発、法令上の課題などが山積みだ。
しかし、沼川西地区にはキーパーソンや、コミュニティバスを走らせようという熱意ある人材が居るので少しづつ進んだ。
路線バス専門家の佐竹くん
沼川無料カフェ二階会議室には、頻繁に沼川地域おこし協力隊の長沼さんが来るようになった。
長沼さんは、僕が担当している沼川西地区の民間商業施設の車両を使った地域主導型コミュニティバスについて、地元で有名なバス博士という男子高校生が居るという話を持ちこんできた。
その佐竹という男子高校生は、意外にも僕達が会議をしている沼川無料カフェの鍵を保管している不動産屋の息子だった。
しかも、わずか50m位先にある駅前の不動産屋。会議が終わると僕か美佳ちゃんが鍵を閉めて返却に行く不動産屋だった。
佐竹という男子高校生は、更に長谷川君の通う高校の機械科の一年生だという。
「部活でもしてないと同学年でも科が違うと交流がないからな。確か小太りの奴だよ」長谷川君も詳細は知らないらしい。
僕と美佳ちゃんは、取り急ぎ不動産屋へ向かった。
僕は、この後もインスタントハッピーカンパニー研究所の会議があるのでメイド服を着ていた。不動産屋の自動ドアが開く。
「あれっ美佳ちゃんは兎も角、鈴木君は今日は女の子みたいな服だね」
「あぁ。優はインスタントハッピーカンパニー研究所の制服だから」
「へぇ、あの天才集団。学校でも人気者だろ」
僕は「学校には内緒なんですよ」と返答。
「鍵を返しに来たの。今日は早いね」
「いえいえ。まだ会議中です」
「なにか別の用?」
「えーと。息子さんいらっしゃいますか?」
「翔太か?なに?まさか美佳ちゃん」
「違いますよ。えーとバスの事で」
「だよな」
「すいません」
「おい。翔太。お客さん」
二階からバタバタと降りてきた。
「なに?親父」
父親そっくりな男子高校生だった。僕と美佳ちゃんを見て不思議そうな顔をした。
「誰?」
それが第一声だった。
美佳ちゃんは「スカウトに来ました」
「スカウト?」
美佳ちゃんは「佐々山電鉄応援団だよ」
「あぁ。鉄道?興味ないよ。悪いけど」
二階に戻ろうとした佐竹君に僕が
「沼川西地区のコミュニティバスの件で」
佐竹君の足が止まった。
「コミュニティバスか。その制服はインスタントハッピーカンパニー研究所か?RRMSの電気バスの件なら話を聞くぞ」
とりあえず、二階の佐竹君の部屋に案内された。
部屋には路線バスの写真や、方向幕、実物のバス停の標識や時刻表、バスの模型が陳列されていた。
「おーっ。バスの博物館かよ。凄いな」
美佳ちゃんの方が感激していた。
「まぁ、座れよ」
美佳ちゃんは嬉しそうに
「アタシの部屋もサボとか模型とかあるから通じるものはあるよ。いいなぁ」
佐竹君は少し気分が良さそうに
「普通の女子はキモイとかオタクとか馬鹿にするけど。佐藤さんは解るんだな」
美佳ちゃんは「これをキモイって言ったらアタシは自分を否定する事になるから」
「それで。そっちの可愛いメイドさんは?」
「可愛いだぁ?優は男だよ」
「マジかよ」
「制服。給料を支給されてるからねぇ」
「インスタントハッピーカンパニー研究所って給料がでるんだ。いいな。自分の才能で飯が食える高校生って」
美佳ちゃんが「インスタントハッピーカンパニー研究所にスカウトされたらリーダーの決めた制服を強制的に着せられるよ。運が悪いと佐竹君も女装だぁ」
「勘弁してくれよ」と慌てだす。
本題に入った。
いままでの経緯を話した。
「コミュニティバスは行政でも既存バス会社やタクシー業界との調整。独占禁止法とかで複数のバス会社との調整が大変だ」
佐竹君は即戦力だった。
詳しい話をするために、沼川無料カフェに戻った。
沼川地域おこし協力隊の長沼さんが居た。
「おっ、佐竹君じゃん。救世主様は遅れて登場か?沼川西地区の件だろ?」
佐竹君は「長沼さんが一枚嚙んでいたか」。
「アタシさぁ。前に国越バスの沼川市内の日帰りバスツアーを企画したんだよ。ちゃんとパンフも作って募集も掛けたんだけどコロナとかで中止になって実行に至らなかったけどね。その時以来だね」
佐竹君は「意外と狭いんだよ。この業界」
「まぁ。役者は揃ったって処かな?」
会議が再開された。
自己紹介から始まり、佐竹君が長谷川君を見て「うぇっ。軍曹も居るのかよ」と呟いた。長谷川君は学校でのアダナが判明。
長谷川君が「佐竹。よろしくな」と言うと嫌そうな顔で「あぁ」と答えた。
理由は簡単だ。長谷川君に罪はない。
群馬県立沼川工業高校は、男女共学だけど女子は各クラスに数人程度で、ほとんど男子校みたいな学校。
その貴重な女子の大半は長谷川ファン。
次の会議で、佐竹君はトンデモナイ才能を発揮した。
群馬県のバスオープンデータを使い、自分で時刻表を表示させたり、バスのGTFSという機能でバス情報が見られるアプリ開発、バス事業者が使うバス運行管理ソフトを使い沼川市内のバス、渋沢町のバスの情報を資料としてまとめ、携帯電話で可視化できるようにしてしまった。
まだ、手探りの沼川西地区の地域主導型コミュニティバスも、誰でも視覚的に資料をまとめてくれただけで素人でも理解し、住民にも説明できる資料が完成した。
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