佐々山電鉄応援団 第4巻

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頑張るぐんまの中小私鉄フェア当日  十一月の第二日曜日。 午前6時。 僕達は、佐々山電鉄本社前に居た。。 一応は、高校性応援団という立ち位置なのでイベント時は制服が正装になる。 「制服の下に体操着なんて中学校以来かなぁ」と愛理がスカートを両手で広げた。 メンバー全員が、準備作業、終了後の後片づけの際に動きやすいように長袖のシャツ、ハーフパンツを制服の下に着こんでいた。  みんなは、長袖シャツにハーフパンツだけど、長谷川君だけは上半身裸で鍛えあげられたマッチョな身体を見せ付けていた。  愛理が「すごっ、さすが自衛隊」と感銘。  美佳ちゃんは「すげーな」と僕を見た。 「優も鍛えれば男っぽくなるかな?」 西村さんもシャツ越しでも、立派な身体をしている。 「女子高の女子って全員じゃないけどさ。男子に負けないくらいエロい話するんだよ。長谷川君、写メ撮らせて」 「別にいいけど?」 「愛理の彼氏とか嘘いって、真奈美とかに自慢しちゃおうかな。いひひ」  愛理が、長谷川君に興味を持っているとしたらと思うと気持ちが沈む。  雨宮京子ちゃんが、僕を好きになってくれるのは嬉しい。僕が、そんな京子ちゃんに手を出さないのも愛理を失いたくないとブレーキが掛かるからだと思う。  通りがかりのオッサンが「今の子はスタイルが良いねぇ。こりゃ学校の先生も間違いを起こすよなぁ」と愛理を見て言う。  僕は、慌てて愛理の前に立ってオッサン達のスケベな視線を遮った。  愛理は「へぇ。優ちゃん。愛理を守ってくれるの?ありがと」  軽トラで食材を運んできたJAのオバちゃん達は「若いっていいわねぇ」と立ち止まる。 「オバちゃん今はこんなポッチャリだけど。若い頃はスタイル良かったのよ」と笑っていた。  愛理は、「着替えたらすぐに、お手伝いしますね」  各自、着替え終わると手伝いに加わる。 女子は陳列や運搬。 男子は資材を下す手伝いをした。  トラックが、横付けされた場所。そこが今日のメインステージになる。  主に、僕と長谷川君、佐竹君が思い機材やスピーカー、音響施設を搬入や、セットしたりする。  午前八時に一旦作業を止めて、全体ミーティングが始まった。  大体の会場設備はセットし終わった。 僕達は、タオルで汗を拭いて再び体操着の上から制服を身にまとった。  いくら体操着と言っても、愛理と並んで着替えるのは中学校以来だ。紺のハーフパンツを履いたまま愛理はスカートを履いた。先ほどまで、当然のように見えていた体操着をスカートという布で覆い隠した段階で、体操着が見えてはいけない物に変わってしまうのを僕は不思議に思った。  愛理は、僕の視線に気が付くと「優ちゃん。あとで話があるの」と小声で呟いた。「うん」と返答すると愛理は笑った。  美佳ちゃんが「優。ぼーっとするな」と僕を背後から軽く叩く。  目で愛理を追う。 たぶん僕は愛理に対する気持ちを抑えられなくなっていた。  我に返ると、神林社長が挨拶をしている。 前の日に、手トロと呼ばれる敷設された鉄のレール上を集会する遊具のレールは敷設されていて、手トロもレール上に鎮座。  午前十時の開場だけど、既に正門前には鉄道部品購入のための鉄道ファンが並んでいる。  全体ミーティングのあと、途中で買ってきたコンビニのサンドイッチや、おむすびで朝食会。 「これ食べ終わったら会場を一周して回ろうぜ」と美佳ちゃんが提案。  そもそも会場警備の西村さんと長谷川君は正式な役割分担だし、僕も美佳ちゃんも愛理、佐竹君、みのりちゃんも賛成した。  まず正門に受付がある。此処は愛理とみのりちゃんの担当。  受付と言っても来場者のカウントとパンフレットを配布するだけで、入場は無料だけど、部品販売会だけは人数制限があるので整理券を配布する仕事がある。  入場すると、電車の部品即売会。 昔の電車の謎なパーツ。つり革、行き先が書いてあるボード、一番使い道が解らないのは信号機の灯火一式だ。  家に信号機を建植するのだろうか? 販売価格は5万円。どうやって持って帰るのかな?  会場を進むとメインステージがあってトラックの荷台でイベントが開催される。  まっすぐ進むと、僕達が準備している手トロ、本社内には沼川工業高校の鉄道研究部が作ったジオラマの鉄道模型が展示走行する。  本社手前を右に曲がると模擬店や観光物産の販売テントが並び、その奥に車両区の車庫線に200型電車が並んでいる。  今日は、あくまでも試運転と称して、ある時間に回送電車が1往復だけ沼川本町車庫と佐々電沼川駅の間を走行する。  仕掛けがあり、上越線の“ある列車”の発車時刻に佐々電の回送電車も同時発車。  あえて公表しない事でSNS拡散した。 午前十時前。  久々に、パンタグラフを上げて床下から電動空気圧縮機や、電動発電機の音を高らかに響かせ、煌々と前照灯を点灯する。  試運転列車も、ゆつくりと車両区の出発線に転線して発車のスタンバイをしている。 「開場、5分前です。各ブースの担当者はお客様のお迎え準備をお願い致します」  僕は、佐竹君と手トロの最終調整をしていた。  美佳ちゃんは、鉄道部品販売会のブースで鉄道ファンとの交渉役に就く。 午前十時。 会場にイベント開始の汽笛が鳴り響く。 にぎやかなBGMが会場のスピーカーから流れ始め、整理券を片手に鉄道ファンが鉄道部品即売会のブルーシートの前に整列し始める。 「整理券番号1番から5番の方。どうぞ」 美佳ちゃんの声が僕達の処まで聞こえてきた。 「ママ。電車いっぱい」と笑顔の幼児の声。  ベビーカーを押して笑顔の夫婦、新幹線のプリントシャツを着た幼児を連れた母親など入場してくる。 「鈴木でも、佐藤でも良いから来てくれ」  長谷川君からトランシーバーでトラブル発生の連絡が入った。  美佳ちゃんが対応するらしい。 暫くして美佳ちゃんが戻ると 「まさかの罵声大会だよ。200型で絶対に出さない。急行表示を撮影していたヲタの前に親子連れが記念撮影で横入りして怒鳴りあいだと」と報告してきた。 「こういうイベントは定番のトラブルだよね」  美佳ちゃんは「さて。一仕事してくるかね」と僕を誘った。 十時三十分に回送電車が出発する。 既に、ググっとぐんま号。頑張れ佐々電と書かれた丸いヘッドマークが先頭車の運転台窓下の中央に取り付けられている。  僕と美佳ちゃんは、黄色いヘルメットを借りて運転席添乗腕章を借りて運転席から一区間だけ特等席で前面展望を楽しめることになった。  線路脇には、三脚やカメラを構えた人達が立ち並ぶ。  車庫線の出発信号機が赤色から黄色に変わる。  踏切の警報機の点滅、遮断機が下りる。 出発信号機が緑色になると運転士は「回送902列車。車庫線出発進行」と換呼。  シューッとブレーキハンドルを緩めると。軽くプワーンと汽笛を鳴らしてノッチを入れた。  ウォーンと心地よいモーター音がして、ガタガタンとポイントを通過して本線に進入していく。  電車は、今回のイベント前にレールの錆取り、信号設備通電試験の為に一往復しているが、それでもギギギッと車輪とレール金属音がしている。  線路脇の鉄道ファンは撮影をしている。  電車は右に車体を傾けながら左側から寄ってくる吾妻線、上越線の線路と並走する。すぐに、黄色信号が見えてきた。  「場内注意。30」  佐々電沼沼川駅に隣接する沼川駅のホームには、真っ黒な煙を吐く蒸気機関車が青い客車をけん引して停車中。  美佳ちゃんはニヤニヤが止まらない。 「高崎支社。心憎いことをするな」 D51蒸気機関車のヘッドマークが“ググっとぐんま号。がんばれ佐々電”の丸いお揃いのヘッドマークが掲出されていた。  美佳ちゃんは「JR最高」と歓喜していた。 SLの乗務員が佐々電の電車に敬礼をしてくれている。  佐々電の運転士も汽笛で応答した。 ホームには沼川女子高の吹奏楽部が待機していて、JRのホームにも沼川駅の職員や駅長が佐々山電鉄の回送電車を待っていた。  沼川市長が、駆け付けてきてくれた。 会場に居なくて心配していた沼川地域おこし協力隊の長沼さんは、このシーンを撮影するために沼川駅で場所取りをしていたらしい。  神林社長が、市長と会話をしている。  十時五十五分。  佐々山電鉄の方が回送電車なので蒸気機関車に足並みを揃える形になる。 「こちら佐々山指令。第901列車準備ができましたら信号の指示で発車願います」 「了解。定時発車します」 ボーッ。 蒸気機関車が動き出した。 少し遅れるタイミングで佐々山電鉄の回送電車もプワーン汽笛を鳴らして動きだす。  ホームでは、吹奏楽部が演奏を開始した。  銀河を走る鉄道の有名な曲。 映画バージョンの方が高らかに演奏される中、山吹色の電車はホームをゆっくりと動き出す。 並走する蒸気機関車は加速していき、青い客車からは乗客が手を振っている。 事前に高崎支社のスタッフか車掌が用意したメッセージボードを乗客が掲出。 大きく“がんばれ佐々山電鉄”というメッセージが窓に貼られていた。  美佳ちゃんは、声を出して泣いている。  電車は、再び沼川本町駅の車庫線に戻る。 ステージでは“はるな団”のミニライブの準備が始まる。パーテーションだけの更衣室。 はるな団の小学生達は、チアガールみたいな衣装を着ていて、統率の取れたチームワークでステージ裏でダンスや振り付けの練習をしている。 保護者が応援に来ていて、自分の娘達の様子を動画撮影している。  僕達も着替えると、芸能事務所の関係者が迎えに来て、マスコミ取材に対応。  驚いたのは、小学生研修生にも大勢のファンが付いている事だ。  グッズ販売は無いけど、写真を買うとサインをしてくれるとかファンサービスはステージの後にあるとか、僕は初参加だけど地方アイドルにも流儀やルーティンがある事を知った。 「お待ちかね。はるな団の次期アイドル候補生チビはるな団ステージ」。 コールが聞こえると、重低音のビートがスピーカーからズンズンと流れてきた。 最初は。研究生だけが歌とダンスを披露。  様々な色のサイリューム。 ヲタ芸や、推しの小学生を応援するコール。  美佳ちゃんも「うわっ。初めてみた」  飯田さんは「ほう。コイツは萌えるわ」 「はい。佐々山電鉄応援団の皆さん。スタンバイしてください。曲のあとにMCが入りますので、そこでステージに上がります」  トレーラーの荷台。 でも、荷台だけどアイドルステージなんだ。 「佐々山電鉄応援団のみなさんでーす」  僕達は、駆け上がった。 意外にも、はるな団のファンは受け入れてくれた。人前で歌って踊るのも楽しい。  大盛況の中、イベントは終了した。  僕は、イベント終了後に愛理と二人で会場を抜け出した。 「優ちゃん。愛理の着替え見て興奮してたでしょ。スケベ」 「えっ」 「思春期だもんね。健全な男子の証拠よ」 「う、うん」 「愛理もね好きな男子の身体に興味あるよ」と僕を見た。 それは、たぶん長谷川君の事だ。 僕は、泣きたくなった。 愛理は「愛理ね。前に雨宮京子ちゃんが優ちゃんをホテルに誘ったときさ。京子ちゃんの事クソガキ京子って心の中で叫んでいたの。美佳ちゃんが来なかったらマジで声に出していたかもね」と笑った。 「えっ」 「愛理も、優ちゃんの事。気にしてるのよ」 「えっ」 「ほら。中学校の時に愛理と麻友ちゃんが湯あみ着で、優ちゃんがスッポンポンで温泉に行ったの覚えてる。アレさぁ愛理も優ちゃんの見たいからだよ。好きな男子の」 「女の子もそういうのあるの?」 「あるよぉ。好きな男子なら尚更よぉ」 僕は、愛理と両想いだと知り嬉しくなった。 「優ちゃんが愛理でエッチ妄想は嬉しい」 続けて愛理は「交際しちゃおうか?」  今日の愛理は変だ。まるで最後の告白。 愛理は「ドシキモ社も動き出してるみたいだから、愛理も任務に入る前に優ちゃんに気持ちを伝ええたかっただけ」  愛理は「ドシキモ社と佐々電の運転再開が片付いたら正式に優ちゃんと決着つけるから。愛理も任務が外れれば従姉妹じゃなくて、普通の女の子に戻れるからさ」と僕の頬にキスをした。  愛理は「はじまるわよ最終決戦」と真顔に戻り僕に背を向けた。  その日、愛理は無断外泊した。 叔父夫婦は、任務だから心配いらないという。  愛理の日記。女の子の日記を見るのは良くないけど見てしまった。  廃墟みたいな塞がれたトンネルの写真。
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