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 午後の投球練習。ブルペンが一つしかないうちの高校では、投手は一人ずつ交代で投球練習を行う。順番は基本的に上の学年から。同じ学年同士では、チーム内での序列の高い投手から、監督の指名順で。  二年生の中で最初にブルペンに入るのはいつも俺だ。少なくとも、今の段階では。 「うぉっ! 良いねぇ、大成! 今日はやけに気合い入ってるじゃん!」  キャッチャーからの声が飛ぶ。俺は気を良くし、ストレートを中心に二〇球ほど全力で投げ込んだ。一球ごとに横目で岳の様子を窺う。岳もまたキャッチボールで肩を温めながら、時折真剣な視線をこちらに向けていた。 「次! 市川!」  監督の声に、岳が驚いたように返事をする。そしてあたふたとブルペンに上がる。二年生に投手は四人いるが、岳が呼ばれたのは俺の次だ。  つまりは、そういうことだ。 「す、ストレート、いきます!」  慣れない声で宣言し、岳がせかせかと投球動作に入る。投手を始めてわずか二ヶ月のぎこちないフォームから放たれたボールは、糸を引くようにキャッチャーミットに吸い込まれる。  直後、鼓膜がビリビリするほどの破裂音がブルペンに響き渡った。「す、ストライク……」とキャッチャーが放心気味に呟く。 「良いねぇ。市川のストレートは、やはりが違う」  納得顔の監督の声が聞こえ、俺の心には黒い感情がむくむくと湧き上がる。  岳の球は伸びる。まるで球に加速装置でも付いているかのように、手元を離れた後も威力が落ちない。 そんなことは、昔からずっと一緒にキャッチボールをしてきた俺が一番よく知っている。ほんの軽く投げただけの球に腕ごとグローブを持っていかれそうになったことなど、数え知れない。  岳には類稀な投手の才能がある。だけど、今までそれを生かそうとしなかったのは、恩人である俺がいたからだ。岳をいじめから救い、野球の道に誘った俺が。  裏切られた。  そんな言葉がふと頭に浮かび、俺は唇を強く噛んだ。
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