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ピンポーン
「カケイさんこんにちはー、地区委員のウミョウです。少しよろしいですか?」
『……いまはちょっと、料理中なので……』
「そうでしたか、すみません。お聞きしたいことがあるのですが、お昼の後にでも出直しますね」
『…………』
あらためて来られるよりはと思ったのだろう。相手は「ちょっと待って」とインターホンを切った。
カケイ夫妻がこの地区に引っ越してきてから、ひと月になる。その短いかかわりの中で、私は夫妻に対してあまり良い印象を持たなかった。それは向こうも同じらしい。ドアが開くと、警戒心に歪んだ顔が現れた。カケイ夫妻の、妻の方だ。
「なんでしょう。ゴミのことなら、気をつけてますけど」
「はい、ありがとうございます」
夫妻に対しては一度、ゴミ出しのマナーを注意したことがある。改善したところで私が礼を言う必要はないのだが、ここは下手に出ておくことにした。
「今日は、また別の用件なのです。実はこのあたりで、ネコの目撃情報があって」
と言ったとたん、カケイ(妻)の顔じゅうの毛穴がきゅっとすぼまるように見えた。
「鳴き声を聞いたという人もいます。どうやら放し飼いになっているようなのですが、何かご存じではありませんか?」
「……どういうこと。うちを疑ってるの」
「いえいえ」
私はとぼけてみせた。
「ただカケイさんが引っ越して来られた時期と、タイミングが重なっているので。念のため、お宅の中を確認させてもらえないかと……」
「えっ? やだ、やめてよ!」
カケイ(妻)が叫んだ。目も吊り上がり、ますます疑わしい反応だ。だが、こう逆上されるとどうしたものか……。
「おい、何さわいでる」
不機嫌そうな声とともにドアが大きく開いた。妻をかばう、というより押しのけるようにして出てきたのはカケイ(夫)だ。妻より背が高く、体つきもがっしりしている。
「地区委員のウミョウです」
私は再び自己紹介した。だがカケイ(夫)はわざとらしく視線をそらし、妻に向き直った。
「うるさいぞ、何の用だよ」
「その……ネコのことだって……」
妻が告げ口でもするように声を潜める。夫は鼻を鳴らした。
「なんだ、そんなことでわざわざ来たのか」
「あれ、お認めになる?」
私が口を挟むと、夫はようやくこちらを見た。忌々しげな顔つきで、顎を突き出すように言う。
「いや、認めてない。なーんも認めない」
「はあ」
「まあでも、仮にペットを持ち込んでたとしても、悪いとは思わないけどね」
「はあ?」
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