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人間には、何かをやってしまい、途方に暮れる時と、何度省みてもあれはあれで仕方がない選択だったのだ…と開き直ってしまう時がある。
私には、不倫相手のマンションの部屋に不法侵入し、彼の息子が1人残された部屋に放火し、結果、幼い命を死に至らしめたという過去がある。収監されている現在においても、事件を起こした張本人でありながら、時に、この"けだもの"以下の自分をさめた目で見ているもう1人の自分がおり、結果、刑務所内においても「どことなく、つかみどころの無い人物」としてまかり通っていた。
不倫相手を含む、遺族からしてみれば、ムショから私を引きずり出し、はりつけにして、火を放ち、炎に焼かれ苦しみながら息絶えていく様子を見る位の事をしないと、とてもではないが気持ちの整理がつかないはずと、わかってはいるのだが。
私は平成の中期、不倫相手につれなくされたのを逆恨みし、彼とその妻が家を出払ったのを確認後、単独で住居に侵入し、火を放つという重大事件を起こした。
当時、家に1人残されていた息子は、寝ているようだったので、火を放つ前にガムテープで鼻と口を塞ぎ、窒息死させた。
とんとん拍子という言葉がふさわしくないのはわかっている。
が、あの時はまるで神がお膳立てしてくれていたかのように、スムーズに事が運んでいった。
犯行の全てをやり終えた後、どこか近場の国に高飛びし、数か月間逃げようか?という考えも一瞬、頭をよぎった。
だが、人様の子供の命と言うかけがえのないものを奪ったのち、まんまと逃げると言うのもあまりにも理不尽で、それこそ遺族側の気持ちをことごとく踏みにじる…と考え、そのまま家に帰って警察が訪ねて来るのを待った。
警察から連絡が来たのは翌日だった。
ドラマにあるような二人組の刑事が、ドアベルを鳴らし、アポなしでやってくるものと想像していた私は、彼らの連絡手段が、電話であった事にいささか驚いた。
「この女は逃げない」という刑事独自の勘が働いたのだろう。
丸一日、食事をしていない私は相当顔色が悪く見えたようで
「署までご同行願えますか?」の前に「体調、大丈夫ですか?」と聞かれた程だった。
それでも、所轄署に着き取調室に入ると「空元気」のような気力が湧いてきて、犯行の全てを洗いざらいぶちまけた。
実際、その鬼のような所業を語りつくしても、刑事達は顔色ひとつ変えなかったし、呼吸の乱れも確認することは出来なかった。
食事を固辞した私の所に、女性刑事が来て、耳元で「刑が確定するまでにはこれから先、長い行程がある。そこを乗り切るためにも健康だけは保っておかないと…」
と言い、おにぎりを二個差し入れてくれた。
夜、身柄を留置場に移されると、外との接触が全くない、不慣れな環境に面食らった。メディアでは早くも犯人の私を暴き出し、あることない事に関する報道が面白おかしく為されていることだろう。
これもとっくに推測済みだ。
数か月後、法の裁きが下り、私はとある女子刑務所に収監された。
家族からは、今後、一切の関係を断つ、と言う封書が一枚来たきりだった。
こちらとしても、事が大きすぎ、単に一族郎党に「涙を流して謝る」と言うだけでは、受け入れてもらえないだろうと考えていた所だったので、ある意味、都合が良かった。
収監されるまでの期間は、あえて犯行時の事は思い出さないようにした。
そして不倫相手の男の事も考えないようにしていた。
しかし、塀の中に入ると何故か改悛の気持ちに見舞われ、とっとと、極刑に処してほしい、天国でも地獄でも、一日も早く物事を考えないで済む世界に召されたい、と思うようになる。
今にして思えば、コンピュータープログラマーだった私が不倫相手の勤める会社から依頼され、その会社に向かったのは、単なる偶然に過ぎず、男との出会いも「運命」でも何でもなかった。
だが、そこそこ美人の妻に飽き、かといってクラブで豪遊する程の甲斐性も持ち合わせていなかった彼は、渡りに船とばかりに言葉巧みに誘いをかけてきた。
ちょうどその頃、プロポーズしてくれるものと期待していた相手に去られた事もあり、私はころりと相手の前に身を投げ出し、ぽっかりと空いた心の穴を埋めにかかったのだった。
男はそれまで付き合った事のない類の男で、歯の浮くセリフも全く違和感なく、つむぎ出してみせた。私はその手練手管にまんまと騙され、後先の事も考えず、深い仲となる。
この時、既に歯車がずれ、二進も三進も行かなくなっていたのに…
当初男は「妻とは上手くいっていない。家庭内別居のような状態」と言っていた。それが半年後「妻に別れを切り出したが、死んでやる!と言われ、とてもじゃないが別れられない。悪いがこれを機に、この関係を終わりにしたい」という言葉に変わる。
いわゆる手のひら返しというやつだ。
男が軽々しくそれらを言ってきた事で、私の中に、これは最初から適当に遊び、切りのいい所で、ポイ捨てするつもりだったのだな…と言う確信が生まれた。
そこからは、記憶が曖昧になっている。
出会った当初、フレンチレストランで食事を取った後、薔薇の花束を贈られたこと。
三回目のデートで静岡に行き、恋愛に御利益があると言う神社を参拝したこと。
訪れた先々で、記念となる品々を2人で選んだこと。
外から見れば全くいけてないカップルなのに、まるで物語の主人公にでもなったかのような愚かな振る舞いとそれに付随する浮かれ気分。
男には帰巣本能があり、それが点滅しだすと、興味本位で立ち寄った女など、ゴミ同然となり、あらゆる言い訳を用意して、女から逃げ出そうとする。
なぜ、こんな簡単なセオリーに気づけなかったんだろう?
「だから女はバカなんだよ」いや、そんな単純なものではない。
人間には、この道を行ったら良からぬことが起きる…と、予測出来たとしても、そのまま「えぇい、どうにでもなれ」と、ずんずん、突き進んでいってしまう事が、時々あるのだ。
「業」とでも言おうか。
兎に角、馬鹿だった。何の罪もない幼子の尊い命を奪って。
殺害して、逃げて。
結局のところ、自分に悪魔がとりついた…のではなく、元々、そういう非道な面が心の奥底にあり、嫉妬か何かでスイッチが入ってしまったのだろう。
収監された後は、同室の女囚から嫌がらせを受けたり、脅されたりした。
だが、全て想定内だ。幼子の命を奪い取った自分には、そんな小さな事にいちいち腹を立てる権限も与えられてはいないのだ。
番号で呼ばれ、整列し、作業場にて汗を滴らせながら作業に没頭する。
ここではそれが全てだ。作業中は何も考えなくていい。よって、精神衛生上の観点から見れば、この上なく良かった。
三度の食事、三日に一度の入浴、就寝、これらは一見、無心になれそうだが、しーんと静まり返った空間は、フラッシュバックのように過去の自分を引き寄せる。
この刑務所に来た初日、所長室に通され、所長から直々に話をされた。
それまで、どんなに辛い事があろうとも「自分は人殺しなのだから」として受け流してきた。
だが、控えめな笑顔が印象的な所長から、入所するにあたっての心構え等を伝えられた時、自分は何て取り返しのつかない事を引き起こしてしまったのか…と、まるで後頭部をハンマーで打たれたような衝撃を受けた。
担当の女性刑務官は短髪で、すらっとしており、思わず、宝塚の男役のようだなと見とれた事を思い出す。既婚者であるかどうかは謎だが、この人は私がどうもがいても手に入れられない物を全て手にしている。羨ましいなどという生易しい言葉では収まらない位の嫉妬がめらめらと燃え上がり、やはり自分の中には邪悪な怪物がいる、と認識したのだった。
- 今日からあなたは番号で呼ばれます。それは、単に刑務所内でのルールという意味もありますが、世間と確実に縁を切るという意味合いも含まれています -
- それから、私のことは先生と呼ぶように。同室の者とは節度ある付き合いをし、喧嘩等は絶対しないように。そうした揉め事は査定に確実に反映されますからね ー
くどくどと長い説明を受けてる間「こいつ、特権意識がすごいな」とした思いが頭をもたげ、途中からは聞いているふりをしながら、別の事を考えていた。
部屋に入ると、どことなくかび臭い匂いがし、同室者と上手くやっていけるかどうか急に不安になった。
私以外の三人は概ね、想像以上に常識的な人間であったが、一人、煮ても焼いても食えぬ人物がいた。
最初から高圧的で、何かにつけて因縁を吹っかけてきた。
私の罪状を知っておきながらその態度で接して来るとは!と思ったが、人殺しの自分には何事も耐え忍ぶしかない…と思い、スルーした。
そんな折、何か憂さ晴らしにでもなる事を…と考え、髪の一部を、命尽きるまで伸ばしてみる事を思いつく。
生きている証として。
がんじがらめの規則に対するささやかな抵抗として。
刑務所内では、冷房も暖房も極力使われない。
よって、夏場は短い髪の方が過ごしやすい。私は、全体的に伸ばすのではなく、左耳にかかる髪の一部を、細長く伸ばしてみる事にした。
数ヶ月に一度の散髪時には、髪ゴムでその部分を結わえ、理容師に切らないでもらうように言う。
理容師も、それが何か意味のあるものなのか追求してきたりせず、髪伸ばし作戦は、誰にばれる事もなく無事、遂行する事が出来たのだった。
同室の和美と言葉を交わすようになったのは半年を経過した頃だった。
和美は他の三人とは違い、食事時、私に故意に味噌汁をぶっかけてきたり上履きにゴミを入れたりという子供じみた嫌がらせを仕掛けてきた、憎き相手だった。
しかし、ある時言葉を交わす機会があり、それを機にわだかまりが解けていった。
「だってさぁ、あんたったら、こっちがいろいろぶちかましても、暖簾に腕押しなんだもの、やる気も失せるってもんよ」
「今もそうだけど、ほら、私、死刑囚でしょう。希望も何も持てないと言うか、そんな気持ちを持つ事さえ許されないというか。だから全ての感情を押し殺して生きて行こうと決めたの。刑が執行されるまで、流されるままに生きて行こうと」
「なるほどね。そういう深い訳があったのか…」
和美は、美容室を経営していたのだが、トップスタイリストが引き抜きにあい、引き止めたいばかりに相手に対して暴行を働いてしまったのだと言う。
他の三人は、保険金詐欺、金融機関における横領、痴話げんかが発端の殺人未遂といった罪状で、千鶴は「やはり、この中では自分が一番重罪だ」と、認識した。
朝の八時、作業所に全員で向かいミシン掛けを行う。
例えば、日がな一日、何もせず、部屋で正座し続けるように言われたら、一見ラクなように思えるが、それほどいいものでもない。
ノルマを与えられ、時間中にそれを仕上げるという目的があってこそ、人はその精神を健全に保てると思うからだ。
千鶴ら五人も、整列して他の部屋の女囚達と共に、作業所に向かい、看守主任の監視の下、作業に入る。
6年以上、この作業に携わっている千鶴は、時に担当刑務官より、新人に手順を教えてやるように頼まれる事もある。
若い女達の多くは、こちらが教えてやっても、真剣に耳を傾けているようでもなく、毎回、教え甲斐がないなぁと落胆する。
が、彼女らは、育った環境がすこぶる悪い。
尚且つ、悪い男にだまされ、金を搾り取られ、薬漬けにされて身も心もボロボロになった状態でここにやってくる。
それでも私の罪状に比べればかわいいもの。
ここまで冷酷無比な犯罪なんて、そう、あるものでは無い。
終了のベルが鳴り響き、皆で食堂へと向かう。
食事中は私語禁止で、和気あいあいという情景からは程遠いが、三時間半の労働を経ての昼食はほっと一息つけるという意味合いもあり、気のせいか皆、表情が柔らかい。
新人が入ってきたとしても、皆、私よりも早く刑期を終えて、ここを出ていく。
看守だって、部署の変更などで、顔ぶれが変わっていくにちがいない。
そう、やがて、私の周りには誰一人見知った顔がいなくなる。
その後、お呼びがかかり、刑務官に絞首台への道を案内され、命の灯を消す作業に入っていくのだろう。
小谷静香は、官舎で久しぶりに、同じく刑務官として勤務している夫、省吾と夕食を囲み、互いの胸の内を吐露していた。
この仕事についたら最後、囚人のプライバシー保護の為「塀の中の事」はどんなに親しい間柄であっても、漏らしてはならない、と厳重に言い渡される。
しかし、小谷省吾、静香の二人は同業者である為、二人の間に上る話題は自然と、刑務所内で起こる事に限定されていった。
静香がある女囚についての話をすると、省吾が
「あぁ、あの事件の女だろ?
不倫相手の男の家に入って子供がいるのにも関わらず放火して、子供を殺してしまったって言う。今、聞いても残酷すぎて背筋が凍るよ」
と、苦々しい表情を見せ言う。
「それはもっともな意見なんだけどさ。彼女、意外に”しおらしい”というか、とてもじゃないけどあんな重罪を引き起こすような人間には見えないのよ」
「それは、よく言われる事だけどね。実際、犯行に及ぼうとしたとき、何らかのアクシデントが起こって、その後、冷静さを取り戻し、事件を引き起こさないで済んだっていう例もあるかも知れないしな」
「そういう意味では、天が最後の最後で、味方してくれなかったんだね」
静香は、ぽきっと折れそうなほど、瘦せた身体の女囚を思い出し、その背に背負わされた十字架の重さを哀れんだ。
女囚の所持品はショッピングバッグ一個に詰められる範囲で終わり、女は簡単に同室の者一人一人に挨拶の言葉を述べていった。
しかし千鶴の前に来ると感極まり、涙を流しながらも「元気でね…」と口にした。
千鶴も和美に対して「有難う。あなたもね」と言い、その細い指で和美の手をそっと包み込んだ。
人の温もりとはなんて心強いものなのだろう!と改めて思う千鶴ではあったが、この先、心を通わせられる相手にも巡り合う事はないのだ…と思い、胸がきゅっと締め付けられた。
その日は「身体の芯」から凍えるような凍てつく寒さの月曜だった。
洗面台に取り付けられている鏡の前で、伸ばし続けている髪をほどく。
-伸びた-
私が悪魔に心を売り渡した時、それでも、一人の人間としての生きた証として何か出来ないか?と考えて始めたのが、髪の一部を伸ばしてみることだった。
20年もの歳月が流れているのだから当然といえば当然なのだが、ここまで服役囚として生き長らえているとは思わなかった。
同室の者も年代が違うし、誰も、私がどんな罪で服役しているか知らない。
朝方、担当さんが来て短時間で荷物をまとめるように、と言われる。荷物らしい荷物もなく、20分程でやり終えると部屋を出るように言われ、別棟の個室へと移動させられた。
-もう、明日からは作業場に出なくていい-
担当は能面のような顔つきでそう述べ、いよいよ極刑が下される日がついそこまで来ているのだなと知る。
狭い部屋には窓もなく換気はぶ厚い扉の下にある鍵付きの小窓だけだった。
長かった。早く楽になりたいと、幾度となく思い、死刑が執行されれば、遺族の方々、及び私の身内も多少なりとも溜飲が下がるはずと思っていた。
だが、こんなちっぽけな命、この世から消え去ったとしても、並行して、罪の重さが軽くなるわけでもない。
遺族の皆様は、つい昨日のことのように幼子の死を嘆き、悲しむ。
個室に移動して三日後、ついに、刑の執行命令が下ったらしく、何人かの刑務官がまとまって、部屋の外に来た。
「○○番、外に出なさい」
この声が掛かれば、二度と部屋には戻ってくる事は無い。
「死」への、一方通行。
あの日から、人知れず、この日を待ち続けた私にとっては、当然のことながら恐れも怖さもなかった。
刑が執行されれば、人々の記憶から「私」の存在は消え、罪の重さに怯えて、眠れず、憔悴しきった状態で朝を迎えることもない。
今日で、全て終わる。
刑務官に誘導され、それまで入ったことのなかった建物へと足を踏み入れる。
教誨師が小部屋で待っており、短い時間、刑に対する心構えなどを聞き、心を落ち着かせる。
そのあと、予め希望を聞かれ、用意された食事が提供される。
-何でもいい-というのが、本音だった。だが、それでは用意する側が迷うと思い、サンドイッチと紅茶にした。
普段から何も塗っていない唇はガサガサで、我ながらみじめだなと言う気持ちがこみあげてくるも、時間に余裕がある訳でもなく、もそもそと一切れのサンドイッチを食べた。
紅茶は美味しく、そこそこ冷めていたので一気に飲めた。
国は全てから拒否された身寄りのない女を税で養い、最後の最後まで、きっちりと面倒を見てくれる。
-ありがたいこと-
三人の刑務官がやってきてその中の一人が「準備はいいか?」と聞く。
「はい」
そう答えると、隣の部屋に移され、両脇に人がついた状態で階段を一段、一段上っていく。
上手く行けますようにと最後の瞬間願い、下の板ががたんと外れた。
小谷静香は、夫とともに刑務官の仕事を定年退職し、今は揃って、老健施設の介護人としての職についていた。
昼食は一人で食べられない者の横につき、スプーンで口に運んでやる必要がある為、前倒しで取る。
その食事中、つけていたテレビでかつて静香が担当した女囚の刑が執行されたとのニュースが流れ、二人は、しばし食事の手を止めた。
なるべく、刑務官として過ごした日々の話はしないようにしてきた二人ではあった。
が、女囚の暴走した気持ちが引き金となり、残忍な犯行に向かわせたという世間を震撼させた事件は彼らの記憶から消し去る事は出来なかった。
二人は、一言もそれについて語る事はせず、ただ、箸を置き、整然と事の次第を伝えるキャスターを見つめ続けた。
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