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岸間翠という少女は、関西からの転校生だったらしい。親が転勤族というのなら珍しい話でもない。
関西人といえば、なんとなく陽気なイメージがついてまわることだろう。芸人ばりにギャグが言えそうとか、いつもポジティブっぽいとか、思ったことをはっきり言うとか。
実際、転校直後の岸間翠は、そんなテンプレの関西人からさほど離れてない人物だったらしい。転校早々、明るく元気に関西弁で挨拶していたそうだ。ところが。
「女子ってさあ、こう、時々ものすごく残酷というか」
教室に戻ったところで改めて乱麻は語ってくれた。
「ようは、ノリがな……違ったみたいで」
「ノリ?」
「三年四組って、結構大人っぽい女子が多かったらしくて。ファッションの話とか、お洒落なインスタグラマーの話とか、そういう話をお上品~にしてるグループに彼女が入っていこうとしたんだよ。関西人のノリで」
「あー……」
なんとなく、想像できてしまった。
関西の空気は、自分もテレビ番組のイメージでしか知らない。ただ、東京とは明らかに空気が違うんだろうな、ということは察している。郷に入れば郷に従えというが、彼女はそれがうまくできなかったということなのだろう。
もちろん、何か悪いことをしたわけではない。ただ、ちょっとジョークを飛ばせばツッコミを入れてくれるような友人達がいた環境と、それを一歩引いてみてしまう東京の少女達の空気。それらはまるで違っていて、双方を戸惑わせたのだろう。
「なんとなーくぎこちなくなっちゃって……ていうか、楽しく話しかけたのにドン引きされたのがショックだった?らしくて。それでそのまま、彼女遠慮してみんなと話さなくなって……そのまま孤立ぽい雰囲気になっちゃった、と。友達もさ、気にしてはいたみたいなんだけど……まあ、僕の友達も男子じゃん?女子にほいほい声かけるとかえって迷惑になりそうというか……」
「わかる……」
とはいえ、彼女が新しい五年一組のクラスでも孤立してしまうのはいただけない。僕のモットーは“みんなが毎日教室に来たくなるようなクラスを作る”なのだ。そして、俺にはそれができる、という自信もあった。昔から男子女子問わず人と仲良くするのが得意だったし、コミュニケーションのスキルも頭の良さも十分すぎるほど持ち合わせているという自負があったからだ(実際俺の成績は常にオールAだったし、テストの点も基本的に百点しかとらないタイプだ)。
そんな話を聞いてしまったら、無視などできない。
彼女がトイレから戻ってきたところで、早速声をかけることにした。
「なあ、あんた岸間翠さんだよな?俺とは同じクラスになったことねーよな?」
「え」
翠はきょとん、とした顔で俺を見た。こうしてみると、ちょっとぽっちゃり系だけども結構可愛い。ピンクのカチューシャもよく似合っている。
「俺、天津風繋ってんだ。けい、は繋ぐ、って感じの繋。難しい漢字だけど覚えてくれると嬉しい。よろしくな!」
強引に手を握ってぶんぶん振る。翠はきょとん、としていたが暫くして、こくり、と頷いたのだった。
「よ、よろし、く……」
かなりドン引きさせてしまったかもしれないが、構わなかった。本当に迷惑そうならやめるが、最初はガンガン行くくらいでいいのだ。積極的に人と関わるのが得意ではないタイプは、こっちから行かないといつまでも関係が進展しないものなのである。
それを見て乱麻も他の生徒たちもかなりびっくりしていた様子だった。ひょっとしたらその中には、翠と同じクラスだった子もいたのかもしれない。
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