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千鳥はベールに手をかけると、勢いよくそれを振り払う。
深紅の布の下から現れたのは、流線形の形をしたマスクにアイシールド、墨のように漆黒のプロテクターで覆われたヒーロースーツだった。シャープなシルエットに、ごつい外殻が合わさっている。スタイリッシュでいい意味で目を惹くスーツだ。
子どものころ、テレビの前で見ていたような戦隊ヒーローのスーツ。小さなころ、怪人役ばかりやらされていた黒谷の記憶がよみがえり、黒谷は心が湧きたつのを感じた。
「これは、何かのヒーローですか?」
「うん。烏川町の町おこしヒーロー、クロウラーだよ。モチーフはもちろん烏で、ちゃんと特撮番組に関わって来た経験のある方にデザインしてもらった」
「へぇ…かっこいいな」
「そうだろう?私は、クロウラーでヒーローショーの開催、お土産品の販売、烏川町武将隊とのコラボ、そしてゆくゆくは特撮映像化!アニメ化!CDデビュー!を考えている」
「すごい計画ですね」
と照井が頷く。
「そうだろう。そして、話というのはこのクラウラーの中に、君が入ってもらいたいんだ」
「え!?僕がですか?ど、どうして僕が?」
「その190センチの長身、大きな体、そしてヒーローらしからぬ怖い顔!まさしくクロウラーにぴったりだよ!クロウラーは無口で悪と戦う、孤高のヒーローという設定だからね」
「(町長、怖い顔って言っちゃった…)」
と照井が冷や汗を掻く。だが、黒谷は顔を上気させ、とても誇らしそうな顔をしている。小さなころから、ずっと憧れてきたヒーローにまさか自分がなれるとは思っていなかった。黒谷はクロウラーの前に立つと、アイシールドにそっと手を寄せた。
「あの…僕で良ければぜひ、引き受けさせてください」
「そうか!やってくれるかね!うんうん!」
千鳥は黒谷の肩を叩くと、機嫌よさそうにしていたが、ややあって顔をしかめ、ちょっと声を潜める。
「まあ、引き受けてくれるのはありがたいんだが、ひとつ約束してもらいたいことがあってね」
「はあ」
「町おこしのためには、クロウラーはチープなつくりではダメなんだ。特撮ファンや子供が喜ぶような本格的なつくりにしなくてはいけない。そこで、クロウラーを演じているのが君だとばれないようにしてほしいんだ」
「え?クロウラーが僕だとばれてはいけないんですか?」
「うん。ヒーローの正体っていうのは、どんなヒーローものでも、ばれてはいけないだろう?設定は作りこんでこそ、ファンに喜んでもらえるものだよ」
「なるほど…」
「(まあ、あとは黒谷くんの顔では、子どもが怖がってしまうという理由もあるけど)」
納得できるようなできないような話だが、黒谷は幼少期に見た戦隊ものの記憶を思い出し、確かにな、と頷いた。
「わかりました」
「うん、よろしく頼むよ。それじゃ照井くん、パンフレットの説明をみんなにしてくれるようにね」
「はい、承知いたしました」
照井が頭をさげると、千鳥は満足そうに微笑み、会議室を後にした。
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