第15章 ましろとアスハの、町での暮らし。

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「アスハんとこもそうだからわかると思うけど。わたしたち、普段から結構歩くし重いものを持ち運ぶのも日常茶飯事でしょ。山じゃ人力が全てだもんね。荷車はそりゃあるけど数は限られてるし。そもそも斜面やら凸凹が多くて使えない場所も多いから…」 「ああ。…それはそうだよな」 彼の目が何かを思い浮かべるようにちょっと遠くなった。きっと自分の故郷での日常風景を想起してるんだろう。 キッチンはどんなかな、とひと言呟いてから荷解きはひとまず置いてわたしはシンクを見に行く。つられて一緒についてきたアスハの方を振り向いて、笑顔で話の先を続けた。 「あなたのとこの集落でも、女の人も日頃から普通に大きな荷を運んでたでしょ?斜面の多い山地だとどこでもまあそんなもんだよね。うちの村でも荷を運ぶのにいちいち男がとか女がとか言ってらんないからさ。わたしもきょうだいもみんな、子どもの頃から結構力仕事してたから、あの人の頭ん中見えてへぇってなったよ。町の人って本当に長距離歩かないし重いもの持ち運ぶ機会ないみたいだね」 あとで知ったが、やはり土地が平坦でまだ舗装も生きてるからか、荷車のみならず台車やカートを使う人が多いらしい。工場で使う原材料や出来た製品を運搬するガソリン車もあるから、その車が近隣の町や海から大量の物資を運ぶのにも使われる。そうなると人間が荷を背負ってとぼとぼと何日もかけて歩いて運ぶ必要もない。 だから、あえて女性が大きな荷を担ぐって場面をあまり見る機会がないわけで。わたしみたいな小柄な女の子が見た目的に重そうなリュックを背負ってるのを見て自然とうわぁ…とどん引きしてしまったと伺える。 「でも、わたしに限らず旅の子は女子でも皆、このくらいの荷物運んでたよね?ゲストハウス周辺で結構同年代の子見たけど。やっぱり旅に出るのは山とか海とか、田舎の子が多いのかな。そういうとこでは小さいときから男女関係なくたくさん歩くし。荷も運ぶし」 「まあ。…生まれたときから町しか知らないような身の上だったら。あえて山とか海に行って暮らそうとかは、やっぱり思わないもんなのかもしれないしなぁ…」 だからここしか知らない人は、普段見る範囲のことが常識になってるのかも。とアスハもようやく納得したように呟いた。 まあ、あの人も悪気があったわけじゃない。むしろ親切でわたしを心配して声をかけてくれたんだし、お互いの生まれ育った環境のせいで認識の差があったってだけだから。とお互い言い合って話はそこで落ち着いた。 それから室内を改めて確認して回る。リビングとダイニングが一体化してて、他に個室が二つ。お湯は出ないし沸かせないけどまだ結構きれいな浴槽のついたお風呂、洗面台とトイレもあった。しかし。 「当たり前だけどトイレは流せないよね…。ここでは出来ないから、やっぱ外かな」 わたしたち山の人間は、溜める形式のやつが普通だ。作物の屑や家畜の肥と一緒に堆肥にするからちゃんと有効活用される。でも、町ではどうなのかな。 ここまでの旅の途上では当然ながら大自然がそのままトイレ。わたしが薮に入って済ますときはちゃんと距離を置いてアスハが見張ってくれてるから特に不安に思うこともなかった。けど、改めて考えてみると。女子ひとりで旅してたら、おちおちゆっくりトイレもしてられないよな。つくづく連れがあってよかった。 「あ。…ここにちゃんと書いてあるよ。庭にトイレ、別にあるらしい」 アスハが洗面所の張り紙に気づいて教えてくれる。あとで確認に出て行くと、わたしたちが通ってきた側じゃない、外庭の方に掘立て小屋みたいなトイレが建っていた。 滞在するうちに少しずつ事情を知るようになって判明したことだが、町とはいえ畑が全くないわけではない。中心部の外側、やや郊外には小麦や野菜の畑、稲の田んぼが広がっている。 考えてみれば当たり前でこの辺りは気候のいい平地なんだから、むしろ耕作に適した土地だ。河川が近いのでそこから農業用の用水路を引くのも容易だし。 生産した作物を消費する人口も多いから、工業だけじゃなく農作もそれなりに盛んだった。 だから、ちゃんと各家庭のし尿は回収されて利用されてる。アパートやマンションだと各部屋に備わってる大昔の水洗トイレは使えないから、大抵庭やエントランスに後付けの共用トイレを設置してるけど。 上階の住人はいちいちそのために走って降りてくるのは辛いから、何回分かをまとめて一日一回とか、そこまで運んでくるらしい。てかだからこそ、マンションでもあんまり上の階には基本人が住まない。 そんな不便を耐え忍ばなくても他に住むところはいくらでもあるからだ。 わたしたちの部屋は二階だし、共用トイレまでは大して遠くないので問題なく普通に下まで通うことにした。 「お風呂は共同浴場っていってたよね。今日はどうする?」 「勝手がわからないからなぁ…。水浴びしたばっかだし。俺は明日でもいいかな」 そんな会話を交わしながら廊下を歩き、二つ並んでる個室を順番にひょいと覗く。片方は寝室、もう片方は特に用途は特定されていないようだ。
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