第15章 ましろとアスハの、町での暮らし。

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がらんとした空の棚が壁際に置かれていただけで他には何もなかった。 「ベッドはこっちの部屋にしかないね。…見た感じ、隣に運んでいけそうもないか。すごい重そう」 二人で協力してそれぞれがよいしょ、と端を持ち上げたとしても一方がわたしの力じゃなぁ…。リュックを背負うのはもちろん問題ないが、大きなサイズのものを運ぶには小柄すぎるのと腕の力が若干足りないのは否定できない。 と考え込んでたら、アスハは軽く肩を窄めてから片側のベッドにすとんと無造作に腰掛け、ぽんぽんと軽く表面を叩いてみせた。 「別にいいだろ、同じ部屋で寝るんで。これまでだってそうしてきたし…。てかさ。ましろって本心では嫌なの?実は、俺と同室で寝るの」 「え。…そういうんじゃないけど」 しまった、また同じことを。この人がわたしと同室で寝るのを特に気にしないこと、重々承知してるのに。 「だったらいいんだけどさ。あんたってどうしていつもそれ、気にすんのかと思って。これまでほとんどずっと同じ部屋とかテントで寝てるのに今さら?となるし、何度も」 ごもっとも。 彼は表情を変えず淡々と、でも何処となく慎重な口振りで探るように切り出した。 「もしかしたらだけど。俺の方が平気だからって気にしてないだけで、実はましろの方はできたら別々の部屋で寝た方が落ち着けるのに。とかずっと黙って心の中では考えてるのかなぁ、と」 だったらそれはちゃんと正直に言ってくれた方が…と声を落とす彼に首を振ってみせ、わたしも反対側のベッドにぽふんと思いきりよく深く腰掛けてから答える。 「そうじゃなくて…。わたしが自己肯定感低いから悪いんだと思う。なんか、どうしても気が引けちゃうんだ。本当はアスハは一人で寝たいのにそうとは言えなくてわたしに気を使ってるんだろうなぁ、申し訳ないな。って先入観が頭からなかなか消えなくて…」 そんなことないよ。と言おうとしたらしく口を開きかけたアスハに頷いてみせ、わたしは急いで弁解を最後まで済ませてしまおうとやや早口に付け足した。 「だから、テントのときはしょうがないってなるけど。部屋数が充分だとつい、やっぱり可能なときには一人にしてあげないと気の毒だし…って考え始めちゃう。アスハがわたしなんかと同じ部屋で寛げるわけないじゃんって、ずっとどっかで無意識に思ってるんだよね。ごめんね、わたし結構卑屈なんだ、実は。こう見えて、性根が」 「いや、まあわからなくはないよ。ああ卑屈に見えるって意味じゃなくてね。でも確かにあんたは控えめというか。基本何にでも遠慮がちで自分が自分が、って前にずんずん出てくるタイプじゃないから」 ものは言いよう。『卑屈』を何となく遠回しないい感じに言い換えてくれた。 アスハはやや前屈みになり、開いた両膝の上にそれぞれ肘をついて正面からこちらの顔を覗き込んだ。そうやって真顔になると、気のせいかいつもよりもやや男前に見えるのでやめてほしい。てか近い。 「でも、考え過ぎだよ。というかましろって気を回し過ぎ、何についても。俺の方ではあんたと一緒が気詰まりだとかときどきは一人になりたいとかは思ったことない。むしろ同じ部屋で寝る方が安心感強い。だって、離れた部屋で寝てて。どっちかに何かあっても気づくのが遅れるだろ?よく知らない場所にいるんだから、すぐに助け合える距離にいる方がお互いにとってもいいと思うんだ。…あんたがどうしても生理的に嫌だってんじゃなければ、だけど」 旅の道連れなんて、互助組合みたいなもんだからさ。とややぶっきらぼうに付け加えてから僅かに視線を逸らす。その反応の意味はよくわからない。漠然と照れてるのかな、みたいな感じには読み取れるけど。 ここで何で照れるのかが今ひとつぴんと来ないからふぅん?と小首を傾げる羽目になる。何にせよ、あまりに熱心にそばにいたいと主張し過ぎたかな。とちょっと心配になってその場の雰囲気を濁してきたという感じ。 ぼんやり話を聞いてたわたしは、そこでようやく今の最後の言葉はちゃんとこっちから否定してあげなきゃいけないやつ。と気がついて、慌てて前のめりになって言い募った。 「全然そんなことないよ。わたしもほんとは、知らない町の初めて泊まる部屋で一人で寝るより相方がいてくれると助かる。…まあ万が一何かあったときに。アスハはともかくわたしの方が物理的に何かの助けになるかどうかは。正直怪しいとは思うけど…」 後半自信のなさが滲み出て言葉の勢いが弱る正直なわたしに絆されたのか、アスハはほんの少し苦笑したような調子になってフォローしてくれた。 「うんまあ、そこは。物理とか腕力で対抗しなきゃなんないタイプの脅威については一応大丈夫だろ、山の中と違って。ここは鍵もかかるし、叫べば周りの部屋にも人いる状況だし…」 ぐるりと室内を見渡し、そろそろ暗くなってきたからランプ点けるか。と言って降ろしてきた荷物の中から取り出しに行くべく立ち上がる。 「そう考えると、ここでの一番の脅威って何かな。施錠されてても入って来がちなやつ…。虫とか。いや意外とやばいのはやっぱあれか。心霊現象だな、多分」
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