正しい私の距離

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 音楽って、魔法だ。疑念の眼差しも、嘯く口元も、全部を祓ってくれるのが音楽だ。今よりももっと子供の頃から私にとっての一番の盾だったし、剣でもあった。これさえあれば私は強く居られる。  だから、転校した先の小学校でも私は、真っ直ぐに自身の両足で立って居られた。 「人と群れないと生きられないの?」  私は至極普通に、〝己の核〟ってものを見せた。  長瀬美桜と言う、クラスメイトで一際目立ちたがる彼女に向かって。 「弱い人、嫌い」  付け足した言葉を聞いたその刹那、長瀬美緒の両目からは止めどなく涙が落ちていった。パタパタと、音を立てるようにして流れるそれに私は、〝弱くて羨ましい〟という感情を抱いたから、頭の中で大好きなバンドマンの音楽を流すことで一気に掻き消した。  ──私は異質だ。  この感覚はずっと昔からある。  目の前の女子達と違う。年相応じゃない。  大人なのか、はたまた幼稚なのか、それさえも分からない程に。  私はため息をつく気力さえもなく、代わりに少しの気まずさと違和感を教室に置くようにして立ち去った。  教室の扉の手前、やけに好奇の目を向けてくる一人の女子の視線に緊張を抱きながら。  後に彼女は、〝私にとって最も親しく、最も恐怖を感じる存在〟となる。  学校も疲れたし家も疲れた。  板挟みってこういうことだ、と私は天を仰向く。皮肉にも自分の住む家の二軒隣のマンションの屋上でだ。  私はまだ小学五年生だから、これ以上の逃げ先を知らない。電車に乗ってどこまでも行ったら、誰の手にも負えなくなって全てから見放されるかもしれない。そうしたら私は最強だけど、終わりだ。 「出し切って散ってしまえよ花弁と共に」  一番好きな曲を歌うことが、唯一の逃避策かもしれない。  幼い自分は何処へも行けないことは分かっている。そういう部分は大人のような思考をしているなと、俯瞰してはいつも思う。  同時に、 「スミくーーーんっ、」  最も好きなバンドマンのメンバー、ギタリストの住吉尚弥の名をキリギリに叫ぶ私は、なんだかとても幼かった。生温い雫がツーッと頬を伝って、私はどうしてこんなにも弱いのに、強く居なくてはいけないのだと悟り尽くす。  明日の朝なんて来なければ良いし、人一人私の元に来なければ良い。  だけれどずっと寂しいから。夜の真中、独りを許される今が続いて欲しい。  震える声で私は歌って、泣いて、また歌って、音を溢す。パタパタと、溢れる雫は足元のコンクリートを殴るみたいだ。  私はどこかへ行きたいし、どこへも行けない。  夜が降り切った空を睨んだり憂いたりしながら、私は今日の日も足掻いている。馬鹿みたいに。
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