第2話

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     ◇  昼休み、彼とお昼を食べてからさっそくふたりで教室を出た。  移動教室で使うところや学食なんかを中心に案内して回る。  大和くんは機嫌よさげで、終始ずっとにこにこしていた。  また、彼のことは既に噂になっているみたいだ。  教室を通り過ぎたり人とすれ違ったりするたび、何となく視線を感じるような気がして、わたしとしては落ち着かない。  並んで廊下を歩きながら、ちらりと彼を窺った。 「……嬉しそうだね、大和くん」 「嬉しいよ。こうしてまた風ちゃんと会えただけでも嬉しいのに、これからは同じ学校に通えるんだから」  そう言葉にされても、何だかまだ実感が湧かない。  もしかしたらこれは夢なのかもしれない。幻かもしれない。  まだ、ちょっとリアリティが(とぼ)しくて、そう悲観的になってしまう。 「しかも同じクラスで隣の席。約束がなくても会えるって、こんなに幸せなんだね。風ちゃん」 「う、うん」  (よど)んだ返事になったのは、決して意に反していたからではなかった。  ただ、いまになってその呼び方に照れくささを感じ始めたのだ。 「どうかした?」 「ううん、その……“風ちゃん”って懐かしくて。いまも呼んでくれるんだなぁって」  そう言うと、くす、と大和くんが笑う。 「風花(ふうか)、の方がよかった?」  不意に呼ばれ、どき、と心臓が跳ねた。  呼んでくれる相手が変わるだけで、自分の名前なのに何だか慣れない響きに感じられる。  そう考えて、そういえば、と思い至った。 (悠真は全然、わたしの名前呼んでくれないな)  付き合いは長いのに、記憶にある限り、彼がわたしを“風花”と呼んでくれたことは一度もないような気がする。  そもそも呼ばないことが多いけれど、呼ぶときはたいてい“おまえ”とか、やむを得ないときは苗字とか、それでもそのときはどこか不本意そうな声色だ。  ふと、寂しく感じた自分自身に困惑した。 (な、なに考えてるんだろう! こんな、まるで付き合ってるみたいな悩み……)  ひとりでわたわた焦っていると、突然視界に大和くんが現れた。  一歩前に歩み出て、正面に立つ。 「……考えごとなんて寂しいな」 「そんな────」 「ねぇ、風花」  咄嗟に否定しかけたものの、あれこれと誤魔化す気は、たったひとことそう呼ばれただけで()がれた。  はっとして、ぜんぶの意識が彼に向く。 「あの約束、俺はいまでも本気だよ」  疑いの余地もないほど、まっすぐな双眸(そうぼう)と重厚感のある声音だった。  彼はすくうようにわたしの左手を取り、薬指を優しく撫でる。 「さっきも言ったけど、この再会も運命だって本当に信じてる。だから、真剣に考えてみてくれないかな」
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