第3話

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 大和くんの方はひと目見ただけで分かったみたいだったのに。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。  彼に思いを()せると、決まってあの一場面が蘇っては脳裏(のうり)をちらついた。  春に包まれながら結婚の約束を交わした、幼いわたしたち。  だけど────。 (……あれ?)  いまになって気がついた。  逆にそれ以外の思い出が曖昧(あいまい)だ。というか、そもそも蘇ってこない。 「どうして……」  肌の上を砂粒が滑ってざらついたような、妙な感覚に包まれた。  小さかったから忘れているだけ?  そう考え、ふともうひとりの幼なじみである悠真のことがよぎる。  彼とも小学校からの付き合いだけれど、その当時の思い出はほとんどない。  だけど、それは当たり前といえば当たり前だ。  彼と親しくなったのは中学校に上がってからのことだった。それからのことはよく覚えている。 (でも、何で大和くんのことは────)  ほとんど何も覚えていないのだろう?  勘違いでもうぬぼれでもなく、彼はいまでもわたしに強い好意を抱いてくれているようだった。  わたしも大和くんのことは好きだった。大好きだったはずだ。  この10年近く、片時も忘れられないほど。  なのに、いまひとつ気持ちが盛り上がらないで戸惑ってしまうばかりだ。  それは再会の喜びより、驚愕や衝撃が(まさ)っているからだと思っていた。  けれど、ちがうのかもしれない。  現にこうして冷静になると、さらに戸惑いが大きくなった。  わたしの中で初恋の記憶と大和くんとの思い出は、何より特別なものだった。  いつかまた会えたら、と切に願ってきた。  彼がいまも変わっていないのなら、きっとまたしても惹かれてしまうだろうと思っていた。 (それなのに……)  この言い知れない胸騒ぎは何なのだろう。  お陰で気持ちが揺らいでも、傾きはしない。 (もやもやする)  煙みたいな(もや)が胸の内を掠めてせめぎ合う。 『俺、この子以外に興味ないから』  ひたむきな大和くんの想いに応えたいのに────。
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