第4話

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 そっと頬に添えられた手から体温が溶け出す。  逸らされることのない眼差しと、甘く微笑む口元が、わたしから平常心を奪っていく。  だけど一途すぎるほどのひたむきさは、同時に熱までもを奪おうとしていた。  どうしたって不安になる。  彼の心に釣り合うような想いを、わたしは持っているのだろうか?  分からない。自信がない。  昨日から今朝にかけて覚えた、違和感に近い胸騒ぎは、未だにはびこったままだ。  川べりに引っかかった小枝みたい。  浮かんで押し流されそうなのに、水の勢いが足りなくてその場に留まり続けている。      ◇  放課後になると、悠真はさっさと教室から出ていった。  視線すら一度も返ってこなかったけれど、ついその姿を目で追ってしまう。 『せっかく再会できたんだから、俺に構わずふたりで仲良くやればいいじゃん』  今朝の言葉が自然と蘇ってきて、心苦しい気持ちになる。  確かに大和くんとの再会は夢にまで見たことだ。  けれど、それで悠真と疎遠(そえん)になるのは、わたしだって本意じゃない。  そう考えたとき、いまになって不意に気がついた。  あれ、と思う。 (その、初恋の話……悠真にしたっけ?)  大和くんのこと、あの約束のこと────その存在と思い出が特別であることを、いままでに話した覚えがなかった。 (どうして知ってるんだろう?)  首を傾げたとき「風ちゃん」と横から大和くんに声をかけられる。  はたと意識が現実へ引き戻った。 「帰ろう」 「……うん」  笑い返して頷き、思考を追い出す。  いまは大和くんとの時間に目を向けて身を委ねよう。  彼のことまで中途半端にするべきじゃない。  校門を潜り、並んで歩き出す。  悠真の隣とはちがって見える景色には、まだ慣れなくて新鮮だ。 「昔みたいに手繋いで帰る?」  笑みを含んで大和くんが言った。  冗談っぽく聞こえるけれど、きっと半分くらいは本気だと思う。 「昔……。そんなことしてた?」  戸惑いを隠しきれそうもなくて、思わず正直に聞き返してしまった。 「覚えてない?」  案の定、大和くんは驚きを(あらわ)にする。  否定を待っているような気配があって、咄嗟にそうしようとしたけれど、言葉が喉で詰まった。  わたしに嘘をつきたくない、と言ってくれた彼の言葉がよぎったからだ。  誠意で応えるべきだと思った。  実のところ記憶が曖昧(あいまい)だということを、正直に打ち明けるべきだ。
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