第1話

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「あ、ありがとう」  動揺を拭えずに小さくお礼を告げる。  心臓が騒がしいのはきっと、転びかけてひやりとしたせいだ。  彼は顔を背けたまま「ん」とだけ答え、再び歩き出す。  わたしもそれに(なら)い、気持ちを落ち着けるように深く息を吸い込んだ。  掠めた春のにおいがくすぐったくて、思わずほんのりと笑ってしまう。 「……どうかした?」 「ううん。悠真って優しいよね」  そう言おうとしたわけじゃなかったのに、思ったことがこぼれた。  いまとなっては、誰よりそばにいてくれている存在だ。  彼の手がしっかりと支えてくれた腰のあたりに触れてみる。  気のせいだと分かっているけれど、ちょっとだけ熱を感じた。 「誰にでも優しいわけじゃないよ」  思わぬ言葉だった。  彼を見上げても、今度はそれ以上何かを口にする気はないらしく、前を向いたまま(つぐ)んでいる。 (ど、どういう意味なの?)  いっそう速まった心音に戸惑いがかき立てられた。  口数が少ないのは相変わらずだけれど、だからこそいまはもどかしくさえ感じる。  確かに悠真はわたしを大事に思ってくれているのかもしれない。  先ほどの行動や普段の態度からして、勘違いじゃなければそうなのだと思う。  だけど、もしかしたらそれは“幼なじみ”としてではなかったのかもしれない。 (どうしよう……)  じんわりと熱を帯びた頬を両手で包み込む。  何だか急激に彼の存在感が増した。  心の隙間に滑り込んできて、どうしたって意識してしまう。  当たり前に歩けていたはずの悠真の隣という居場所に、いつの間にか緊張を覚えつつある自分がいた。
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