第2話

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 驚いて見上げると、彼は最初と同じ甘い微笑みを浮かべて彼女たちに向き直っていた。  だけど、優しさは感じられない。何となく冷ややかで突き放すような表情だ。  案の定、女の子たちの顔が引きつった。 「……大丈夫? 風ちゃん」  くるりとこちらを向いた彼に手を差し伸べられる。 「あ……うん」  戸惑いながらその手を掴んで立ち上がった。 「ありがとう」  初めて間近でまともに彼を見た、ような気がする。先ほどとはまた一転して、穏やかな笑みがたたえられる。  彼を囲んでいた女の子たちは、一様に不満そうではあったけれど、切り上げて退散していった。  羨望(せんぼう)と嫉妬の眼差しが突き刺さって萎縮(いしゅく)する。  あらぬ誤解を招いたり、敵と見なされたりしたらどうしよう、という不安は拭えなかったものの、ひとまず三枝くんと話す機会を得られてよかった。  わたしはつい眉をひそめつつ、彼を見据える。 「ね、ねぇ、三枝くん。わたしたちって知り合い……だった?」 「え?」  目を見張ったあと、今度は彼が眉を寄せた。 「……俺のこと覚えてない? 吉岡(よしおか)大和だよ」  どきりとした。  そのまま心臓が止まったかと思った。  記憶の底にしまっていた思い出が、(きら)めいてあたたかい光を放つ。 「えっ!? 大和くんなの……!?」 「そう、きみの許嫁(いいなずけ)。思い出してくれた? 約束通り迎えにきたよ」  そう言って片目を瞑るまでの仕草があまりにも絵になっていて、瞬きすら忘れたわたしは固まってしまった。  10年近い日々、ずっと夢みてきた瞬間が本当に訪れたのだ。  何度も()がれては切なくなって、でもそれ以上に幸せで愛しい記憶────。  それが、遠いただの思い出ではなくなった。  大和くんは「はは」とおかしそうに笑い、それから眉を下げた。 「……なんて、言えたらよかったんだけど」 「えっ?」 「ごめん、再会は偶然なんだ。両親が離婚して、俺は母親に引き取られて、たまたまこの学校通うことになってさ」  目を伏せた彼の長い睫毛が揺れる。  消え入りそうなほど儚げで、きゅ、と胸が痛んだ。  苗字が変わっていた時点で、その事情を察するべきだった。  そうしたら、そんな顔をさせないで済んだかもしれないのに。 「……でもね、だからこそ運命だって思った」  不意に視線を上げた大和くんの顔からは、暗い(かげ)りが消えていた。晴れやかに(ほころ)んでいる。  優しげながら確かな熱を帯びる眼差しに捉えられた。 「風ちゃん。あの約束は忘れてないよね」
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