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嵐→宇宙
◇◇◇
もし、相手が現在当主である長男、海里だったり、口うるさいブラックホール胃袋な妹、風羅なら
「うんうん。分かった、分かった」
とか
「コレ食ったら、やるから大丈夫」
とか、適当に言ってやり過ごし再度自分の時間に費やせることができる。
だけど相手が次男、宇宙である。
コイツの場合は、言い逃れができない。
さっきまで楽しくチーカマと酎ハイで飲み食いしていた〈おひとり用カーニバル・ハッピーボルテージ〉が半分萎えてしまった。
(どうしたら良いのか……。この前は、ちょっと発言しただけで百万円くらい、借金を増やされたしな。だからと言ってなァ……あ、もう考えるのが面倒くせぇや)
そう結論出した俺、嵐は考えるのを止めた。
ハッキリ言ってさー、怠いのだ。考えるのが、相手にするのも。
そもそも俺、時々依頼がくる厄除師のバイトを、これでもちゃんとやっている。シゴトに行くのは、夜だけど。
それなのに、昼間ニート、昼間ニートって言いやがって……!
だからと言って、適当に遇らうと更に面倒なことになる。
そういえば、宇宙の事をーー聖母のようだ。と、……学生時代に馬鹿な男子達が歓喜で泣きながら言っていたのを今思い出してしまった。
でも、二十年も兄弟をやってる俺からしたら、コイツの言いたい事は嫌でも分かってしまう。
この間なんか、
「嵐の為にシゴトを持ってきてあげたんだよ、僕」
と柔らかな笑顔で言ってたけど。実際は……。
〈ーー僕が持ってきた案件を減らしながら稼いで借金返せよ、ポンコツ。
だって……お前、現在進行形で暇しているんだろう??
この家ではニートみたいなものだろう??? 〉
と、圧の強い黒い笑顔のみで物語ってきたのだ。
ハッキリ言おう、コイツは悪魔だ!金の亡者だッッ!!
長男の事を都合の良いATMとしてしか扱ってない腹黒いヤツだから。
あ……、違うな。ここまできたらパワハラサイコだな。
「……へぇ〜、お前。僕のことをそんな風に思っていたんだぁ〜〜ーー!ふぅーーん、そうなんだ。お兄ちゃんは、悲しいなぁ〜〜。今までボンクラな弟の為にわざわざ、わざわざ、シゴトを持って来てあげてたのに。そんな事を思ってたなんてさぁ〜」
「……ん?宇宙、何を言ってんだ?俺、そんな事思ってねぇーよ」
「いや!お前、声に出てたから」
「………」
「嵐さ、都合悪くなったら沈黙するの辞めてくれない?僕の時間が無駄になるから!」
そう言われた瞬間。俺はこれから起こる理不尽な仕返しにすぐにでも逃げ出したくなってしまった。
ーー無駄な抵抗だと分かっていたとしてもだ。
(そういえば。前に、なつりさんが『いつでも自宅のお寺へ住み込みしても良いからね、嵐くん』とか、言ってたなァ……)
ふと、今思い出してしまった俺。上の空になっていたのか、顔面のど真ん中に乾いた痛みが走る。
その衝撃で、反射的に閉じてしまった瞼を薄らと開ける。視界に入った、ひらりと舞う〈白いナニカ〉。
突然の事に痛覚が残っている顔面を、手でさすり真下に落ちた原因物を確認する。
「と、まぁ。話しの冗談は、ここまでにしておいて。そんな事より早く拾いなよ、ソレ」
と、相手が上から目線で言う中。俺は、渋々とその原因物である、白い封筒を手に取ると。
ーー 〈神龍時 嵐 殿〉
封筒の中心に、丁寧に書かれた丸みのある文字。それが目に入った瞬間、〈送り主が誰か〉か嫌でも分かってしまった。
そして、さっきまで楽しくチーカマと酎ハイで飲み食いしていた〈おひとり用カーニバル・ハッピーボルテージ〉が、ここでゼロになってしまった。
「ーーシゴトの依頼だよ。指名貰ったからしっかりとやれよ!あ、ちなみに今回は僕と組む事になったから足を引っ張るなよ、嵐」
この言葉に。これから起こるであろう、宇宙からの理不尽パワハラ地獄に泣きそうになってしまいそうになった俺。
今回のシゴトを投げ出して。今すぐに隙を見て、なつりさん宅へ引っ越したくなってしまったのは、ここだけの話だ。
〈序章編 了〉
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