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臙脂色のネクタイ
「いってきます」
「はい、これ」
撫子の手には千鳥模様紺色のナフキンで包まれた弁当箱があった。その重みは胸に鉛を落とした。
「夕飯は鯵の竜田揚げだよ、いつもの時間に揚げても大丈夫?」
「あーーー、夕方組合の会議があるからまたLINEする」
「そう、分かった!」
これは嘘だ。乗務員は乗客の送り先が長距離になれば帰庫も遅くなる。その後に洗車をすれば帰宅時間は遅くなるのでこれまでと違い一様ではない。
「そうだ!夕飯の準備もあるから来月の勤務表もコピーして来てね」
「あ、忘れてた」
「駄目じゃん」
「ごめん」
これも嘘だ。俺は稼ぎの少ない昼勤に指定された。基本の勤務時間は7:30から16:30で夜勤は無い。勤務表など不要、不要以前に勤務表など無い。
「あれ、海斗ネクタイは?ネクタイは締めないの?」
「クールビズなんだ」
「暑いもんね」
真っ赤な嘘だ。内勤や管理職は自身のネクタイを締めて出勤する。乗務員は会社から支給された薄い生地の臙脂色のネクタイを締めなければならない。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
俺は会社の薄暗いトイレの鏡の前で臙脂色のネクタイを締める。時々乗務員と同じくする事があるがその殆どが俺から目を逸らした。
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