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それから数日後に辞令が降りた。乗務員たちは壁に貼られた一枚の紙に驚きを隠せず俺に詰め寄って来た。
「しょ所長、あんた、なんかしたんか?」
「佐川か、佐川次長とまたなんかやったんか?」
俺が言い淀んでいると窓際の長机に腰掛けた野口がボールペンを指先で回しながら蔑み小馬鹿にしたような顔で口元を歪めた。
「ーーーこれじゃねぇのか?」
そこには小指が立っていた。俺を取り囲んでいた高齢乗務員たちは顔を見合わせた。
「本社の女なんて由紀恵しかおらんやないか」
「ーーーそうだよなぁ」
「由紀恵は野口の色なんじゃねぇのか?」
「ーーーそうだよなぁ」
粘着質の野口の誘導尋問に答えを導き出した乗務員たちの顔色は訝しさを増した。
「所長、あんた結婚しとったんじゃないがか」
「そうや、佐々木電機の嬢ちゃんや」
「嬢ちゃんとは離婚したんか」
「不倫、不倫なんか、嬢ちゃんとは離婚するんか」
「浮気したんか」
その噂、いや事実は北陸交通株式会社に一気に広まり45km離れた加賀営業所でもその話題で持ち切りだと小耳に挟んだ。所長職から乗務員への降格、その原因が女性乗務員との不倫行為。
(撫子にどう話せば良いんだ)
そもそも撫子が俺の不倫行為に気が付いているのかどうか、お義父さんの知る所となっているのか皆目分からない状態だった。
(ーーー謝罪、謝るべきだ)
けれどもその言葉が見つからない。いつかは明るみに出る、時間の問題だ。
(けれど、どう)
けれども、けれどもが頭で渦となり思考回路は一時停止状態に陥った。
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