臙脂色のネクタイ

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「はい、吹いて、はい良いぞ」  出庫前のアルコール検知は野口が行い、俺は乗務員の行列に並び機械にストローを差し込んで免許証を置いた。その姿を野口が満足気な顔で腕組みをし覗き込んで来る。 ぴーーーー 「はいエラー、安倍おまえ何回エラー出したら気が済むんだよ。後ろ支えてるぞ」 「ーーーすまん」  そして野口は所長のデスクで踏ん反り返り、街を走る江別由紀恵が運転する106号車を目で追っていた。 (ーーーこれも全部俺が撒いた種だ)  街を流して(営業)いると稀に路肩で手が挙がる。バスや電車といった公共交通機関が稼働中の昼の時間帯にタクシーを利用する客は少なく、1人の乗客を他社のタクシーと奪い合わなければならない。タクシーを方向転換させ車線を変更し、それは走行中の普通乗用車との兼ね合いもあり事故を起こさない様に細心の注意を払わなくてはならなかった。 (ーーー疲れる)  そして乗務員の月給は営業で稼いだ乗車料金総額の6割と決まっている。客を乗せる回数が多い、長距離の営業が多い、そうでなければ月の手取り額は激減する。そんな時の頼みの綱、本社の配車センターから配車予約が振り当てられた車両は待機しているだけで稼ぐ事が出来た。ところが不祥事を起こした俺に配車予約が回って来る事は無かった。 「今月はお給料が少なかったのね」 「夜勤が無くなったからね」 「そうなんだ、じゃあ節約しなくちゃね」  給与明細を見た撫子は観葉植物を買わなくなった。それが2ヶ月続いた。 (ーーー俺は駄目な人間だ)  俺は江別由紀恵との不倫を謝罪する事なく、現在の仕事についても日々嘘を重ね自分の器の小ささと情けなさで撫子の顔を真正面から見る事が出来ない様になっていた。 (それに、撫子も)  5年間も共に暮らした撫子が俺の変化や嘘に気が付かない訳が無かった。毎晩繋ぐ指先の温もりに俺は追い詰められた。
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