忘れ物

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「ありがとうございます」 「荷物は、これで全部ですか?」 「はい、大丈夫です」 結婚して、三年で離婚した俺は、家具家電付きのマンションに引っ越してきた。 引っ越し業者が、荷物を届けてくれたのは段ボール五箱だけ。 車があれば、自分で引っ越せたレベルだ。 だけど、車は慰謝料代わりに妻である瑞季(みずき)に取られてしまった。 「はぁーー。情けない。ビールでも冷やそう」 一人で晩酌する為に買ってきたビールとおつまみのソーセージを冷やす為に冷蔵庫を開ける。 「ん?スーパーボールか?」 何故か、冷蔵庫の中にピンク色のスーパーボールが冷やされている。 冷やされていると言っても、今から冷蔵庫のコンセントを差すので、正確に言えば冷蔵庫に冷やす為に置かれていたという事だ。 「懐かしい。小さい頃に、よく遊んだな」 前の住人の子供が忘れて行ったのではないだろうか。 俺は、スーパーボールを握りしめながらリビングに行く。 まあ、リビングと言っても1Rなので寝室も兼ねている。 「地べたで寝るとかしんどすぎるよなーー」 ベッドは、結婚していた部屋に置いてきた。 「明日には、ベッド買いに行こうかなーー。あっ、でも、慰謝料とか具体的な金額がまだわかってないんだよなーー」 瑞季と離婚した理由は、同棲していた頃から可愛がっていた八の助が亡くなったからだった。 結婚して二年目。 激しい腹痛を訴え、病院に運ばれた瑞季は左側の卵巣の摘出をされた。 右側の機能もよくないとかで、を望むのは難しいと言われたのだ。 それでも、子供を諦めたくなかったから俺も検査を受けたのだが……。 俺の方もを望むのは難しいと言われた。 諦めたとかそんなんじゃなかった。 ただ、この先もだけだったんだけど……。 「夫婦って、結婚って難しいよな」 スーパーボールを見つめながら、呟く。 このピンク色を見てると俺は、八の助を思い出す。 同棲してすぐの頃。 瑞季の友人から、どうしても猫を飼わないかと進められた。 一度、見に行くだけならと譲渡会に行ったが最後。 俺達は、五歳の保護猫を譲ってもらって帰宅したのだ。 最初から、名前がついていた。 名前は、【八の助】 臆病者で、威嚇しまくって、猫パンチが好きな奴。 だけど、瑞季には大人しく抱かれてすりすりしていた。 だから、八の助は我が家に来たのだ。 瑞季の友人が、瑞季に飼って欲しいんだよとか言ったせいで……。 俺は、八の助に嫌われていて。 シャー、シャーとよく威嚇された。 「懐かしいなーー。そう言えば、八の助もよく瑞季のピンク色のふわふわしたのがついた髪の毛くくるゴム追いかけてたよなーー。確か、こんな色で……ふぁーー」 疲れていたから、俺はそのまま気絶するように眠った。 ・ ・ ・ 「(しょう)ちゃん、ちゃんと部屋で寝なくちゃ風邪ひいちゃうよ」 「えっ?瑞季?何でいるの?」 「何言ってんのよ。ほら、早く立つ」 (にゃー) 「あれ、八の助何でいるの?」 (にゃー) 「生きてたのか?」 (にゃー) 「そうか、そうか。それじゃあ、お父さんと寝に行こうか」 (にゃー) ・ ・ ・ 「えっ?今の……夢か」 共働きで忙しかった俺達は、八の助のトイレに血が混じっているのに気づかなかった。 病院に行った時には、腎臓の機能はほとんどしてなかった。 それから、二年間。 八の助は、生きてくれて。 去年の秋に亡くなった。 俺達は、八の助の病気に気づかなかった互いを責めた。 子供がいない俺達にとって、子供みたいだったんだろう。 俺達の間を取り持っていた八の助が亡くなって、僅か三ヶ月で離婚した。 「あれ?さっきのスーパーボールどこいったんだ?スーパーボール、スーパーボール」 小さな部屋の何処を探しても見当たらなかった。 諦めて冷蔵庫にビールを取りに行く。 「えっ?冷やしたっけ?」 冷蔵庫の中に、冷たく冷えたスーパーボール。 ピーンポーン 誰? 「はーーい」 玄関のドアを開けると誰もいなかった。 (にゃー) えっ?八の助? 慌てて、飛び出しても八の助の姿はない。 怪奇現象か?それとも猫がいるのか? だとしたら、ペット不可物件でありながら前の住人が置いて行ったのか? 部屋に戻ってくまなく探して見るけれど、猫らしき姿は全くもって見つけられない。 「何だよ。意味わかんないわ」 俺は、もう一度冷蔵庫を開けて固まった。 プルップルッ……。 「あーー、もしもし」 『あのね、私の髪の毛くくるゴム知らない?』 「えっ?何で?」 『八の助のお気に入りだから、お供えしてたのに見つからなくて。もしかしたら、翔ちゃんの段ボールに紛れてないかなって思って……』 「あーー。あるよ。目の前に……」 『じゃあ、明日持ってきてくれる?』 「あのさ、瑞季」 『何?』 「俺達、やり直せないかな?」 『えっ……何で?』 「詳しくは、明日話すよ」 瑞季からの電話を切って、冷蔵庫にあるスーパーボールを取り出す。 スーパーボールではなく……。 瑞季のヘアゴム。 八の助のお気に入りのやつだ。 「八の助……お父さん、もう一度気持ちを伝えてみるよ。チャンスをくれたんだろ?八の助」 (にゃー) 部屋の中に八の助の声が響き渡る。 ちゃんと自分の気持ちを伝えよう。 せっかく八の助がくれたチャンスなんだから……。
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