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目の前のアパートのおねえさんだよね?」
あ。今、ギクッときこえてくるような顔をした。
やっぱりそうだったんだね。
それから何故か少し早口で難しいことを話しだした。
「ああ、そうよ、正解よ。
いつもぎゃーぎゃーうるさいから気になってたのよ。
言っておくけど、もっと早くに通報しろっていうのはナシよ。
世の中にはね、証拠が何より大事になることもあるんだから。」
「いわないよ。
となりの家も、先生も、みんな見て見ぬフリする人ばっかだから。」
私はにこっと微笑んだ。
お姉さんは、ちょっとだけ悲しそうな顔をした後、
開き直ったように私のほっぺたをむにゅっとした。
「ていうか、あんた。
わざと歌ってアタシのことおびき出したでしょ。」
「そうだよ。」
「嫌なガキ。」
「フシンシャさんも、
そうなるのが分かってわざとやってたんじゃないの?
わたしが話しかけてきやすいように。」
「自惚れんなよクソガキ。」
『歌を歌えば現れる』というのは、
私にとっては魔法の呪文みたいなものだった。
だから少しだけ「もしかしたら」なんて思ってしまったのだ。
でも確かにそうか。
彼女にとっては、こんなことをしても何もいいことはないんだ。
今更こんなことに気が付いてしまうなんて。
今度は私が少し悲しそうな顔をすると、
彼女は先ほどより少しだけ強く私のほほを触った。
「あんたの母親が他の男といる写真撮ろうとしたら、
たまたまあんたがクラスの男子に虐められてるの見たんだよ。
それで、ムカついたからあのガキにちょっかい出そうと思った時に、
このことを考えついただけ!
アタシはあぁいう図に乗ってるガキが大嫌いだからね。
まぁ、あんたが言った意図も無きにしも非ずかもしれないけど…」
彼女は必死に。それはもう、心が目に見えるように、
そう教えてくれた。
不器用な人なんだな。
なんて、ちょっとだけ偉そうなことを思ってしまった。
「ねえ、いいの?
お姉さん、もうここではフシンシャさんだよ。」
「構わないよ。明日にはどうせこの町からいなくなるから。」
「なんで?」
「派遣切り…っていってもガキには分からないか。
簡単に言えば無職。ニートになったのよ。」
「たいへんだね。」
「そう。大変なの。でもアタシは大人だから自分を守るすべがある。
あんたはまだ大人がいないとロクに生きていけない。
だから、手を貸してあげる。」
「たにんなのに、こんなに優しくしてくれるんだね。」
「たにんだから、優しくできるのかもしれないでしょ。」
お姉さんの言っていることは、まだ私には分からない。
だけど、お姉さんが強い人だというのは分かった。
黒い髪が綺麗にさらさらと真っ赤に染まっていく様は、
とてもきれいで、お姉さんの瞳と同じ色をしていたから。
「さて、考える時間も短くて悪いんだけどさ、
答えを聞かせてくれる?」
「うん。もうずっときまってたの。わたしはね」
その答えを聞いた後、お姉さんは優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。
上を見上げた瞬間、頬に一粒の雨が降ってきた。
もうそろそろで、ザーッという音が聞こえそうだ。
私たちは手を繋いで、
一緒に歌を歌いながら上も下も赤く染まる道を歩いた。
「「あめあめふれふれかーさんが~」」
完
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