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もう一度
失恋した自覚と言えば、そうなのかも知れない。
相手は、高校の頃の後輩。
ぽけっとした目が、印象に残るヤツで…
親友の後輩として見掛けたのが最初で、気になり出してからは、声を掛けるのに半年も掛かった。
残りの1年で、距離を詰めて告白出来ればと、そう考えていたけど…
卒業式の日。
アイツが、来ることはなかった。
来ないことそれが、アイツなりの答えだと…
そう自分に言い聞かせて、納得させた。
でも最初の頃は、とても割り切れたものじゃなかった。
それでも、必至に納得させた。
段々と、好きになっていった分の想いが、想像以上にデカくて…
何も出来ないまま、取り残された感覚の自分に嫌気がさした。
時間を確認しようと上着からスマホを取り出す。
癖でハードケースよりも、手帳型のケースを好んで使っている。
その手帳型のストラップホールに揺れるリーフ形の革細工のストラップ。
「いい加減に、しないとな…」
これでも今は、漸く苦笑えるようになってきた。
ただ、オレはあの日、アイツに告白するつもりでいたのか、それとも想いだけを伝えようとしていたのか…
5年も経つのに、はっきりとした答えを出せないでもいる。
オレの乗る電車が、ゆっくりとホームに入り静かに停車した。
そう言えば、この駅の周りは高校や専門校、大学もあり夕方以降は、多く人で車内は勿論。ホームも駅も混雑する。
オレの乗り降りする駅は、ここから3駅先。
たまには、歩いてみるか? 5~6キロなら歩いても明日には、そこまで響かないだろう。
そんなフトした思いから。
混み出す前の駅で、電車を降りた。
時刻は、6時過ぎ。
⒈
偽っている訳とかじゃない。
やっぱり生きてく上で、それなりに上手く自分を見せないと、失敗って言うか…
絶対、不利に動くでしょ?
上手く立ち回れているって、思って居たのは多分、俺だけ…
茫然自失みたいな状況下で、住み込み先の元職場から大荷物抱えてフラフラと道を歩く俺は、歩道でつまずき転んだ。
俺、誰かと仕事すんの…
向いてない。
そう言う問題じゃないけど、多分…
そう…
相手に合わせなきゃって思って、合わせ過ぎてウザかられる。
一歩引いてみると、合わせなさいと激怒される。
訳が、分からない。
「やっぱり。俺…どんくさいのかなぁ…」
そもそも、普通に仕事してるはずなのに…
『もう…何度目だよ !! 周りに合わせる気ある?』
『寝坊とか…あり得ないでしょ?』
って、住み込み先を今し方、4日連続の寝坊と遅刻にキレられ追い出されました…
ナゼそんな事になったかと言うと、趣味と言うか、副業と言うか、本業にできたらと考えている革細工の小物やキーホルダーとアクセ作りが原因。
それなりに注文を受けているけど、事実上は小遣い稼ぎの延長で、少し多いぐらい。
本業として、やっていけるかもと言われているけど…
中々、そんな度胸もなくて…
いや…今は、そんな話しじゃなくて、仕事だよ。
生活費だよ。
今の所持金で手元にあるのは、5000円…
無いよりは、ましだけど…
昨日まで働かせてもらった給料が、支払われるのは、半月先。
貯金も有るには、あるけど、
何って言うか、この預金額だから。
ギリギリまで取っておきたいが、本音。
手を出す訳にはいかない。
ホント…
どうしような状況。
ここ地元じゃないし。
頼れる人も、居ないから。
革細工のアクセ類と平行して得意の家事スキルで、家事代行サービスにでも登録する?
いや。だとしても、家無しじゃ雇ってくれないかぁ……
家事は、得意なのに…
それ以外の何もかもが、全部ダメって何だろう?
今、何時だ?
スマホで確認したいけど、充電があんまり無い事に気が付く……
俺…いわゆるドン底?
あぁ…
立ち上がるのダルい。
身を起こすのも、面倒くさい。
仰向けに、夜空を眺めた。
追い出されたのが、真冬じゃなくて良かったと、小さく安堵する。
そんな中で、ボンヤリと思い出したのは、高校二年の一年間だけお世話になったある先輩だった。
優しいし。
頼りになって、カッコ良くて、
無いものだらけの俺は、きっとこう言う人が、人から好かれるんだって疑わなかった。
こう言う人になれたら…
澄先輩を知った瞬間。
何か、気持ちの奥が、
深くエグられるような衝撃を受けた。
昔から要領の悪い俺は、何でもそつなくこなす澄先輩に憧れと同時に強い憤りを感じた事も事実。
ホント。
俺って、自他共に認めるぐらい要領が良くないから。
いつも、ドジってばっかで周りに迷惑掛けまくってて…
自分でも、アホだなって分かるレベル。
他人から言われると、落ち込むくらい傷付く面倒くさいヤツ。
でも、そんな俺に対しても、先輩はからかったりはしなかった。
どちらかと言うと、慰めてくれる人だった。
慰めてくれたって言っても、軽いヨシヨシって頭を撫でられる感じ?
何度か、軽いハグぐらいはあったけど、何かあった訳じゃない。
スキンシップ? ってヤツ?…
多分。
たまに、ギッュとハグされてペット? 扱いされてる感覚は、あったけど…
先輩だって、悪気があった訳じゃないし。
それに先輩は、気付いてないかもだけど…
たまに良い香りがしたりして、女子が、キャー、キャー、騒ぐのが分かるって思ってた。
俺にとって先輩は、面倒見が良い先輩で、相談や話し相手にもなってくれて…
何度か、映画とか買い物とか遊びに連れていってくれたり。
あの一年間は、楽しかった。
先輩が、卒業してから。
どう言う訳か、連絡がつかなくなったけど…
友達経由で、元気にしてるらしいとか…
大学生でとか、同じ大学に行った同級生から。バイトしてる姿を見掛けたとか…
去年から会社員になったとか?
そんな情報が、たまに回ってくるけど…
連絡取ってないし…
その前に連絡先、知らないし。
「う~~ん…」
澄先輩が、何を考えていたのか…
俺は、もしかしたら。
単純に何でも言う事を、聞いてくれる。
扱いやすい後輩だったのかな?
でも、別にパリシ扱いとか、イジメ的な事はされなかったし…
今では、あの一年はいい思い出だったと、そう納得させている。
いや納得させたと言っても、いいかなぁ…
きっと、社会人になった先輩は、あの頃と何にも変わらず。
カッコいい先輩で…
多分。
今でも、男女問わず人気者で……
あっ!
カノジョとか居るかも、先輩の事だもの絶対に居るでしょ !!
ホントに、何で連絡が、付かなくなったのか、そこだけが未だに分からない。
俺が覚えている中で、連絡が取れなくなったと気付いたのは…
先輩の卒業式後、直ぐだったと思う。
夕方には、連続が取れなくなっていたから…
いくら待っても、既読付かないメッセージ。
通話にも、出てくれない。
アレ? 俺、先輩に何かした?
あんまりにも、突然の事だったから疑心暗鬼にもなった。
そして、
気が付いた頃には、もう居なくなってた。
訳が分からないまま落ち込んだ。
本の少し前まで、目の前で澄先輩は笑っていたのに…
音信不通にされたショックは、デカかった。
もしかして、おめでとうって直接 言わなかったから?
「………………」
いや。
それぐらいで人を、嫌ったりする人じゃない。
第一に俺は、あの日。
先輩と会う約束とかしてない。
ましてや呼び出しとかも、されていない。
あの卒業式の日。
遠目に見掛けた澄先輩は、同級生や在校生 (主に女子達) から記念写真やらサイン帳や色紙に一言書いてと、群がられて…
それでも、お世話になった人だからと、先輩が一人になるのを待って居たけど、澄先輩が、俺と同じクラスの女子と楽しそうに話していたから。
後で、メッセージや先輩が好きそうな、お祝い系のスタンプでも、送っておこうって思っていたけど…
やっぱり直接。
ありがとうございました。
卒業おめでとうございます。
って、言っとけば良かったのかな?
⒉
その日は、意外に仕事が早く終わった。
部所全体で納期も、守れた。
本当に今日は、部所全体が朝から順調だったよな…
部長に至っては、スキップでもする勢いで外回りから会社に戻ってきたと思ったら定時だとか言って、そのまま帰社するものだから…
皆も、とくに立て込んだり。急ぎの業務もないしで、帰り支度をし始めた。
オレは、たまには歩いてみるかと混み始める駅から電車を降りて、3キロ弱を歩いている。
歩きは苦じゃない。
なんなら田舎の実家から高校までの距離は、軽く10キロはあったと思う。
それを、毎日チャリで通っていた。
こっちに出てきてからの大学にも、徒歩で通ったし…
2~3キロの距離なら今でも、全然余裕だ。
しかも、この辺りは区画整理されたらしく略直線の道が多い。
オレの住んでいる部屋を、この場所から2キロ弱の距離で言うと、半分の距離にコンビニがある。
その少し手前にある街路灯の下で、座り込む人影が見えた。
何か、ヤバイモノを見たような気もしたが…
動いているようだから死んでは、いないらしい。
関わりたくないと、思いつつそのまま通り過ぎ様に視線を落とした。
ぽけっとした目元に、疲れ顔の男。
誰かに似てるなぁ…ぐらいにしか思わなかった。
その男から声を、掛けられるまでは…
「…あれ? 澄…先輩?」
聞き覚えのある声で、呼び止められた。
いや…
忘れるはずのない声に、立ち止まった。
「…シュウ?」
「あっ…やっぱり。澄先輩だ」
座り込んだ格好には、元気さは感じられず。
どことなく顔色も悪い。
「何で、こんな所に?」
「えっ! あの…色々あって…」
「就職したらしいって、2~3ヶ月前に人伝に聞いたけど…」
その荷物は、なんだ?
「道にでも、迷ったとか?」
「………」
ぱっとしない返事に、強張る顔色。
「もう少し先に行くと、コンビニがあるから。そこまで歩けるか?」
オレは、手を差しのべたが…
先輩に差し出された手は、嬉しかったけど、それは掴まず自力で立ち上がり大荷物をまとめて歩き出す。
一瞬、疲れすぎて、さっき浮かんだ思い出と言うか、過去と言うか…
偶然なんだろうけど…
自分勝手な脳内に恥ずかしくなった。
だって、現実に本物の澄先輩が、現れるって気味が悪いって言うか…
手を借りるのが、怖くなった。
「…手伝うか?」
「大丈夫です」
俺を嫌っているかも知れない先輩を、頼るとか有り得ない。
「…………」
本音は、どっかに行ってほしいだから。
「この辺りは、人通りが有るようで無いから」
「そんなんですか…」 話し掛けないで欲しい。
ってか、立ち去ってくれないかなぁ…
もしかして、
オレを、警戒してる?
いや…ホント。なんで?…
えっと、場を和ませる話し……
「そうだ。こっちに就職してたんだ…」
「…偶然です」
「……そっか…」
「ハイ…」
何も、そこまで警戒しなくても…
話し掛ければ、話し掛ける程…
敬遠されそうだな。
でも、何かしから声をでも掛けないと、そのまま行ってしまいそうで…
ついつい。話し掛けてしまった。
「オレ…いつもは、もう少し遅い時間で帰宅するから」
「そうですか」だから…何?
もう一人にしてほしい。
俺を、嫌ってるなら話しかけないでほしい。
「…一人暮しって、大変だよな…掃除洗濯とかも、数日分まとめてするとか、仕事が忙しいと、毎日の自炊も面倒くさくて、ご飯も多めに炊いて小分けして…ストックに回したり……」
「……へぇ……」
話が、続かない。
わざと、続かないようにされてる。
オレ…そんなに嫌われてるのか?
軽くショックだ。
会わなかった方が、良かったのかもしれない。
早目に、帰らせようか…
「…もし交通手段が、無いなら。タクシーでも、呼ぼうか?…」
「…あっ!」
「何?」
「…スマホの充電なくなった……」
充電なくて、大荷物抱えて…
何が、あったんだ?
「もし良ければ、オレのスマホで連絡してもらって………」
そう言いながら。
取り出した先輩のスマホのケースには、革細工のリーフ形のストラップが、揺れている。
高校生だった頃の俺が、作ったやつだ。
先輩は、昔から手帳型ケースじゃないとダメな人で、メモや付箋を挟んだり付ける癖が有る。
普通のハードケースは、苦手だって言っていたけど、昔のままなんだ…
って、何で、まだ持って居るの?
いや…
何で、今更?
「あっ……」
澄先輩本人も、動揺したように、サッと上着にスマホをしまった。
「あの先輩。コ…コンビニの店員さんに事情を話して電話借りられないか、聞きますから…」
「分かった。…所で、この大荷物どうした?」
なんかヨレヨレだし…
寝てないのか…
目の下にクマ作って…
今頃になって、心配させんなよ。
オレの気持ち何って、知りもしないで…
なんか…澄先輩が、酷く落ち込んでいる?
目的地のコンビニに付くと俺は、壁に寄り掛かった体勢で、先輩を見上げた。
相変わらず身長高いなぁ…
ホント。憧れる。
「お前は、ここで休んでろ。電話借りれないか聞きいてくる」
「…えっ……」と、返答に困っていると先輩は、そのままコンビニの中へと入って行った。
…にしても、どうすっかなぁ…
出てくるのは、溜め息だけで良い案なんって1つも、浮かんでこない。
足元を見ながら待つこと数分。
真横に立った澄先輩から。ペットボトルのオレンジの紅茶を渡された。
「これ…昔よく飲んでたろ? 今も好きか、分かんねぇーけど、取り敢えず飲みな…」
「ありがとう…ございます…」
そんなことまで、覚えていてくれたんだ…
無視されてる割には、意外だった。
澄先輩は、相変わらず無糖のコーヒーで、昔と変わらないメーカーの缶コーヒーを開けて飲み込むと、大きく息を吐き出しボンヤリと、時折通る車や行き交う人影を見詰めながらボソっと訪ねてきた。
「シュウは、こっちに来て長いの?」
「えっ…まぁ…でも、大学が、寮だったせいから。あんまり外出ないで、卒業して、今の仕事も住み込み? みたいな所だったので…」
「だった……ので?」
「あっ……いや…その…覚えが悪いのと、色々やらかして、追い出されました…」
澄先輩は、飲んでいた缶コーヒーを吹き出し掛けた。
「はぁ? 追い…出さ…れた?」
しょんぼりしたシュウが、目に映る。
「その…革の小物入れとアクセ系の注文が、同時に何件も入って…製作に時間割いていたら睡眠時間を、削っちゃってて」
そう言えば、卒業少し前にも…
『何で、そんなに眠そうなの?』
『SNSで、革細工の小物入れとストラップ。先輩にあげたのとは、別なヤツを自作したって、あげちゃったら。作って欲しいって友達が…』
『まさか…睡眠時間削って、とか?』
あの時みたいにシュウは、苦笑った。
「…変わってねぇーな…」
「えっ…?」
驚いた顔で、ビクッとなるシュウを、
昔から。そうだったろ? と言うと、妙に納得した風にまたコンビの壁に寄り掛かった。
「でした…ですよね。澄先輩は、知ってて当然ですよね」
いつも通りのようで、いつもの笑顔じゃない事ぐらい見れば分かる。
「やらかしたってことは…」
「ハイ。4日続けて、寝坊して、今日は、もうほっとかれていたみたいで、起きたら。とんでもない時間で…」
「何度も起こしたのに、なにやってんだ! 的な?」
「その通りです…」
会社的には、アウトだな…
「俺、ホントに、どうしたらいいのか…」
「今更だろ…」
澄先輩の口調が、急に冷たく聞こえた。
「あの…先輩?」
「ホント…今更だろって、思うだろ普通は…」
「あの。えっ…と」
逆に先輩の何事とも無かったみたいな顔が、ただ怖い。
あの日、
オレの呼び出しに連絡もなく。無視したくせに…
オレは、お前がどう困っていようが…
何とも、思わないはずなんだよ…
昔からシュウ が、がっかりした顔を見せる度。
どうしようもないぐらい。
気になって、仕方がない。
「先輩…何か、怒ってますか?」
「何かって?」
あっ…そうか、怒っているから。
連絡先を、ブロックされてるんだ。
「あの…ごめんなさい」
何に対しての、ごめんなさいだよ。
不機嫌を、通り越すと不思議と何も感じなくなるのか…
卒業式のあの日は、結局…
先生から帰るように促されるまで、教室で待ってた。
途中、何度かメッセージや通話履歴を確認したけど、全部、知り合いや友達からので…
シュウからは、1件も入ってなかった。
正直、それが答えだって思わない方が、おかしいだろ?
そんなヤツに今更、情を感じても仕方がない。
ここは、速やかに去った方が無難だよな…
「…電話、借りれるらしいから」
「ハイ」
「じゃ…オレ、明日も仕事で早いから。行くな…」
「えっ…あっ…ハイ。あの紅茶ご馳走さまです」
律儀って言うか、バカって言うか…
元気なさげなシュウの顔に、未だ強く引かれるのは、オレの弱みだな…
そんな弱みも、捨て切れないのなら。
あの日の事を、はっきりさせて終わらそう。
去って行くものと思っていた先輩が、急に立ち止まった。
「…なぁ…何で、あの日、来なかった?」
あの日?
「あの日って?」
「あの日だろ !!」
思わずデカい声を、張上げてしまい周囲やコンビニからも、オレへと視線が集中した。
ヒソヒソと指を差されているような疑心暗鬼にたまらずオレは、シュウの腕掴むと重そうなキャリーバッグの上にボストンバッグを、乗せ歩きだした。
「澄先輩 ?! あの…ちょっと!」
…って先輩が、多少強引に動く時は、機嫌が悪い時。
逆らわない方が、身のためと思うのは、経験上のこと。
先輩と無言のまま数キロ歩くと、2階建てのアパートの前で立ち止まった。
俺から手を離すと、俺の荷物に持ち替えて階段を登り始めた。
「澄先輩!」
一瞬、立ち止まって階段下の俺を見詰める。
何か、つまんなさそうに…
憐れんでいるようにも見てとれて、押し黙っているから。
怖い感じがして、嫌だった。
荷物を持って行かれたから。取り戻さないとならないしで、仕方がなく後を追った。
さすがにこの大荷物を、2階まで手に持って上がるとなると、息が続かない。
一方で澄先輩は、さっさと部屋に入ってしまう。
ヤバイ。
よく分からないけど、怒ってる。
「先輩? あの…お邪魔します…」
恐る恐る玄関扉を開くと先輩が、待ち構えていて、そのままリビングの座卓の前に座らされた。
「…あの…先輩の言う。あの日って、もしかして…卒業式の事ですか?…」
「…他に有る?」
「だって、連絡しようにもブロックされてるみたいで、全然通じないし。卒業式の日だって、本当は直接言いたかったけど、人が押し寄せていたから。後で落ち着いてから連絡しようとして、夕方掛けたのに…もう通じなくなってて…」
澄先輩は、イラっとしたまま立ち上がると、台所でケトルを使いお湯を沸かし始めた。
「呼んでも、来なかったのは…お前の方だろ…」
呼んでも?
いつ?
「あの日は、誰からも…呼ばれてませんけど……」
「えっ……………」
座卓を挟んで台所に立つ澄先輩は、またフラっと座卓越しに座り。
腕に突っ伏し額を乗せた。
「先輩? 呼んだって、俺の…事ですか?」
「さっきから、そう言ってんだろ? 他に居るか?」
「いいえ」
「…だから。その…卒業式の後…会いたくて、呼び出してもらったんだけど…」
プシューと音を立て、お湯が沸いた。
先輩は、相変わらず突っ伏したままで、立ち上がる気配がないらしい。
図々しいかとも、思ったけど…
この場の何とも言えない空気に、悼まれなくて、軽く先輩に断りを入れてから台所へと立ち上がった。
布巾の上に伏せてあったコーヒーカップと戸棚にあったカップを取り出し同じく近くあったインスタントのコーヒーを手に取りカップにお湯を注いだ。
「スミマセン。勝手にコーヒー入れて」
「…いや、別に…」
オレが、僅かに視線を上げるとシュウは、自分で入れたコーヒーを飲んでいた。
「あの…俺、あの日は、誰からも呼ばれてませんよ」
「何で?」
「いや…俺が、何でって、聞きたいです。俺も、先輩にお世話になったし最後ぐらい挨拶しないとって、言いに行ったら。先輩…俺と同じクラスの女子と喋ってて…割って入るのも、アレじゃないですか? 雰囲気的に…」
「へぇ……」唖然とする澄先輩の表情が、コロコロと目まぐるしく変わる。
「それに…あの子。先輩を好きだったみたいで、 卒業式に告るって、宣言してたし…邪魔かと思って…」
えっ……と、
つまりオレは、鈍感が滲み出てるシュウに何も、気付かれることなく。
挙げ句、オレに告る気だった女子に対してシュウに来るように頼んだ?
確か、その子からの告白は、丁寧に断わった。
恋愛対象が、女子じゃないオレにとっては、今まで…
あの日の告白も、振った事も忘れてた。
「澄…先輩?」
「オレの方が、鈍感じゃねぇーかよ」
鈍感? 澄先輩が?
「所で、何で澄先輩は、俺から連絡無視したんですか? 番号もIDも変えられて…ショックだったって言うか、俺…なんか先輩に酷い事しました?」
とろいヤツで、間のぬけたヤツで、よく人から誤解されるけど、間違った事は言わない。
その上、愛嬌もよくて素直なヤツだ。
シュウが、密かに人気者である事を、本人は知らない。
だから。意外と付き合いたいと言う女連中も居たのは確かだ。
ここだけの話し…
それなりにそう言う話が、シュウの元に舞い込まないようにと、色々と立ち昇る煙も噂も、全て潰してきたはずが…
それが、裏目に出たって事か?
「なぁ…シュウ? スマナイ。オレの勘違いだった…」
「ハイ?」
「所でお前、これからどうすんの?」
恨めしそうに上目遣いで、先輩は見上げて来た。
先輩も、こんな顔するんだ。
妙に親近感がわいた。
いつも何でも、そつなくこなして人気者でカッコよくて、誰からも慕われて…
そんな先輩が、こう言う顔するって、他の人は知ってるのかなぁ?
まぁ…俺だけが、知っていても、どうにもならないけど…
「だから…どうすんの?」
アレ?
何か、澄先輩…また怒ってる?
「…あの…どうって、その…実家にでも、帰ろうかと…住むとこないし」
シュウが、実家に帰る?
「ハイ。実家の家業が、農家で…アレだけデカい土地に農作物育てて出荷してれば、人件費が…とか、万年人手不足だから。帰ってきて手伝えって、よく言われているんです」
そう言えば、夏休みにドコかに遠出して遊ばないか? って、誘ったら…
『今、スイカの出荷最盛期なので…遠出は…ちょっと…』
とか、言われ。
かなりの重量感のあるスイカを、もらったなぁ……
「……今なら戻ってきても、ブツクサ言われないと思うので、明日には、ここを出て行きますし。実家に戻りますね…」
確かに田舎は、シュウの家みたいに本格的な農家も多い。
しかも、親族中農家だったよな…
そりゃ天蚕糸ね引いて、若手の帰りを待ちわびているだろうよ。
それにシュウは、次男。
農家の担い手不足に、白羽の矢が集中して…
「…この前帰省したら。農家って、体力的にキツイから。少しでも若い人材が、欲しいとか言われて、知り合いの農家さんの娘さんと見合いしないかって…言われたり…」
「み…あ…い?」
「あっ…でも、俺まだそんは気ないしで、はぐらかしましたけど、戻るよ。なって言ったら。秒で見合いを、すすめられそうですね」
あっけらかんと言う所かよ。そこ?
その前に今、シュウを家から出したら100%見合いさせられて、そのまま……
折角、誤解が解けたのに…また失恋は、したくねぇ…
合法的に?
それとも非合法的に?
オレの所に繋ぎ止めて置く理由が、欲しい。
それか…
シュウが、ここに居たいと思わせないと、出ていかれたら。
もう終わりだ。
それこそ本当に、諦めないとならない。
友達や後輩達伝えでシュウが、今何をしているか?
学校を卒業してから。どうしているかとか、それとなく聞いたりしたけど、それには、限界があって。
ここ最近では、どこかに就職したみたいだ。
ぐらいの情報だけしか、手に入らなかった。
それにオレとは、違ってシュウは、いわゆるノンケで、いつ異性の恋人が出来たっておかしくない。
それこそ普通に、結婚だって有り得るわけだ…
高校の時みたいに優しく接しても、気付かれないからって距離感を、踏み間違えると…
この ” ごっこ ” みたいな関係性も、オレに対する評価も、一から積み上げてきたモノ全部が、崩れて…
その全部を、オレは今度こそ失う。
「本当に俺、先輩には頼りっぱなしで、やになりますよね…」
迷惑ばっかり掛けて、昔も今も変わらない。
「…なんなら一緒に住むか?」
「えっ ?!」
「冗談じゃなくて、そのルームシェアみたいな? シュウが、まだこっちに居たいならだけど…」
本音は、養うって言いたいけど…
オレも、まだ社会人2年目現状は、まだ厳しい。
それに何事かと、思われる…
「…あの俺、今無職だからシェアは出来ません。でも、もう少しこっちで頑張ってみたい気もあって…その…革の…革細工の小物やアクセ作りも…したいし…」
実家に帰ったら家業である農家の手伝いで自由は、かなり減る。
何より。もう少し自分にあった生き方って言うか、やりたいことを突き詰めてみたい気持ちもある…
「ここで、その注文受けて革細工の小物やアクセ作って売れば?」
「えっ…」
「…無職じゃなきゃいいんだろ? ここのアパートの2階は、全部屋ロフト付きで最高2人までは、住めるし…どうする?…」
ちょっと、待て……?
オレ…
何べらべらと、言ってんだ?
「後、家事? とか得意だろ? ほら。高校の頃、家庭科の実習で作った。お菓子とか、サンドイッチやポテサラ。オレにくれたろ?」
「あっ……あれは、いつもお世話になってるから。お礼がしたくて…」
はにかむ様に笑うシュウの姿に安心しながらオレは、このチャンスを逃したくないって、必死に考えを巡らせていた。
「あの…先輩…」
正直に言えば、澄先輩の提案は、有りがたい。
少しの間が、どれぐらい掛かるかは、オレ次第。
売れた商品の額と、革の仕入れをプラマイで考えると、そんなに簡単な事じゃない。
「…シュウ?」
「あっ…えっと、その少しの間…だけ…図々しいかもなんですけど、革細工が軌道にのって、次に住める部屋の目星とか、ちゃんと引っ越し先が決まるまで、お世話になってもいいですか?…」
「……………」
澄先輩との間が、怖い…
ブルブルと肩を震わせるシュウには悪いが、座卓の下で小さくガッツポーズをしたオレを許せ…
取り敢えず今は、ここに居てくれる選択肢を選んでくれた事が、ただ嬉しい。
「うん。引っ越して来いよ。で…好きなだけ居ていいよ」
「ありがとうございます!!」
シュウは、素直なヤツだから。
思ったまんま言ったんだろう。
まさか、オレが…
引き留める為に画策してる何って、思ってもない。
知ったら。幻滅される可能性が…かなり高い。
5年前の卒業式後、
結局。
例の女子が、故意で伝えなかったのか、それとも、オレからの呼び出しを自分に向けられたチャンスと考えたのか…
オレからしたら。来る訳ないシュウを、待ち続けて…
本人から何も、聞かないまま一方的に、それが答えだと言い聞かせて、シュウに繋がる全てをブロックした。
想いとか色々なモノを、断ち切ったはずだった。
まぁ…付き合っていた訳じゃないから。
大学の頃は、本意じゃないとしても、別な誰かに好意を持たれたり。
オレ自身好意を持てれば、忘れられる。
なんって思った事も、あったけれど…
結局。
シュウと比較するばかりで、付き合うまでには、至らなかった。
我ながら…
諦めが悪いと、何度も思った。
いい加減に次こそはと、開き直り掛けた瞬間。
どう言う訳か道端でシュウを、拾ってしまった。
大の大人が、考えることじゃない。
酷く焦ったご都合主義だけど、運命だとか思ってしまう。
それぐらいシュウは、オレにとって忘れられないヤツだし。
誰かに取られるとか、また会えなくなるとか、考えたくない。
要は、引き留めたいんだと思う。
だから何としても、シュウを引き留める。
家が、無い。
職も、無い。
オレは、それを好都合だと割り切る。
シュウの不幸に、同情しながら。
自分の中の自分が、走り出す勢いで騒いでいるんだ。
「先輩。どうかしました? なんか少し顔が…笑ってるように見えるけど…」
ヤバい。
何って言えば、怪しまれずに済むかな?
「いや…シュウは、5年前と何も変わってねぇーなって」
「うっ…複雑…」
「まぁ…取り敢えず。やるだけやってみればいいよ。明日、大家さんには、オレ方から。同居人が増えるって、伝えておくから…」
「お願いします…」
「うん」
申し訳なさそうに、頭を下げるシュウの姿。
手に入りそうも、無いならって言う。選択肢が、消え掛かってて。
手に入るまで、待つか? なんって言う選択肢が、チラついてくる。
でも、確実に手に入る保証は、まだ無い。
「俺、頑張ります。一人で、自活して行けるぐらいにならないと」
先輩に迷惑掛けっぱなしは、悪いし。
…とか、思ってねぇーよな?
自活は、まぁ…いい。
悪いことじゃねぇーけど…
一緒に住むってなって自活が、目標とか言われると。
オレ的には、かなり焦るな…
うん。平常心で行こう…
「あの…先輩。ロフトに荷物置けるスペース有りますか?」
「作り付けの棚がある。布団を敷いても、小さいテーブルなら置けるし。オレは、日中仕事で居ないから。作業するなら。今いる部屋を使ってもらっても、構わない」
ニコニコとした笑顔を見せるシュウは、何も変わってない。
安心した何って言ったら。絶対嫌われるから言わないけど…
こう言う顔するから。
ほっとけないし、諦めつかないんだよ…
このチャンスを、逃したら。
もう…二度と出会えないんじゃないかってぐらいの状況だと、思わないと…
「さて、押入れから布団出すから。そしたらロフトに運ぶぞ」
なんか…先輩。
楽しそう?
張り切ってる?
不機嫌そうに見えたのは、どうしてだろう?
澄先輩の突拍子もない提案に、最初は戸惑ったけど、無職であまりお金のない俺とルームシェアするメリットって、
何も、無くない?
寧ろデメリットじゃ…
あっ!
もしかして…何か裏が?
「あの…先輩。もしかして…俺のこと…」
「何?…」ロフトに続く梯子で下から布団を受け取るオレに対してシュウは、ジッと目を向けてくる。
シュウのこう言う目も、疑ったような声も聞くのは、久し振りだ…
そりゃ…まぁ…
疑いたくもなるわな…
いや…でもオレが、シュウを好きだとか、分かるわけない。
学校では、バレない様に振る舞っていたつもりだけど…
卒業式の件を考えると、悠長にはできないか?
「…あの言い方アレですけど、その…俺の事こき使おうとか、思ってます?」
「……こき……」
「ほら先輩、俺を道端で拾ってくれたときに」
いつもは、もう少し遅い時間で帰宅するから。
とか、掃除も、一週間分まとめてするとか、ご飯のストックも多めに炊いて…
「って、言ってたから。仕事が忙しいと、家事って億劫になるし」
「考え過ぎだ…家事は、作業の次いでで構わないし。オレも出来なくはない。別に行くとこ無いって言うシュウに同情した訳じゃない。アレだけ学校の連中とか地元では、お前の革細工は評判良かったんだから。自信もて、挑戦してみろよ。価値はあると思うよ」
オレ引き留めた過ぎて、すげーこと言ってねぇ? でも、事実だしな。
「澄先輩…」
今、先輩。
革細工って、言ってくれた。
先輩に背中を、押してもらっているようで…
何だか嬉しい。
「まぁ……無理するなよ」
「ハイ!」
ここまで自分で、お膳立てしておいて、引かれたりウザがられたら意味がない。
折角、また会えたんだ。
二度目は、無いと慎重になろう。
だとしても、一緒に住めるかもなんって数時間前まで、誰が予想したよ?
気付かなければ、普段は気にもしない。時計の秒針が、うるさく感じる。
いや…マジで一緒に住めるとか喜んでいる自分が、恥ずかしい…
「先輩? 大丈夫ですか?」
先輩は、何を慌てているんだろう?
何で目が、泳いでいるんだ?
でも、何って言うか
「澄先輩、俺と住んで何か、トクになります?」
トクどころじゃない話しだ…
「多分な…」
布団を、運び入れ。ロフトに上がったシュウは、デカいボストンバッグの荷解きを始めていた。
「えっ…多分?」
「そう…」
澄先輩は、笑った。
もし…
あの卒業式の日。
先輩と会って居たら…
どうなって、居たんだろう?
先輩は、あの日。
何を言う為に俺を、呼び出そうと思ったのか…
「…………」
う~ん。分からない。
でも、先輩の事だから。
「先輩!」
「ん?」
「5年越しですけど、卒業おめでとうございます!」
次の瞬間、澄先輩は爆笑した。
おわり。
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