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知るも知らぬも 逢坂の関
桜咲く季節。
高校生達は真新しいパリッとした制服を着て、始まりを迎えた学生生活に胸を高鳴らせている。
日が傾き始めた頃、十五歳となった若菜は同学年であろう学生達が下校するのを横目に校門を潜ろうとしていた。
「おはよう!」
校門の前には生活指導だと入学式で挨拶していたスキンヘッドの大柄な先生が若菜に声を掛けた。
「あ、おはよう…ございます」
若菜は聞こえるかどうか分からない声で答え、そそくさとその横を通り抜ける。
若菜が通う定時制高校は通称『夜桜』と言われている。定時制高校は全日制とは違い、夕方から登校する事になっていた。
その名の由来の通り校内には多くの桜が植えられて、見頃だと主張するように綺麗に咲き誇っていた。
入学当初は若菜もその美しさに感じ入るものがあったが、そう何度も感心を向けている心の余裕がなかった。
桜のアーチをぬけて、教室へと足早に向かった。
ガラガラと教室の扉を開けると、視線が一気に集まりやがて散っていく。
何度見てもこの光景には慣れないなと、若菜は教室を見渡して改めてそう思った。
皺の深く入った初老の男性。机に腰掛けるヤンチャそうな人達の隣には、車椅子のまま机に向かう人。
多種多様な人間が、各々の個性で服を身に纏っている。
若菜はワンピースに薄手のカーディガンを羽織っただけの至ってシンプルな服装で、周りと比べても地味な見た目だという自覚があった。
「おはよー若菜ちゃん。今日は遅かったね。仕事?」
そう言って金髪の長い髪を耳にかける女性、伊東 雅は若菜の座った隣から声をかける。
「ちょっと…お昼に寝ちゃってて」
言いにくそうに若菜がそう答えると、だよねと言って雅は無邪気に笑いかけた。
「夜に学校なんてフツーに生活リズム狂うよね。私は夜型だから慣れてるけどさ」
雅は若菜から見てもかなりの美人だった。目鼻立ちがはっきりとしていて、スラリとした長身はモデルと言われても遜色ない姿をしている。
全く正反対に思える二人が知り合ったのは、入学式後のホームルームで隣の雅に筆記用具を貸したのがきっかけだった。
雅は人当たりまで良く、事ある毎に若菜に話しかけてはお喋りする間柄になっていたのだ。
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