知るも知らぬも 逢坂の関

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 西田はまず部活を受け持たない新米教師の肩身がいかに狭いかを熱弁してみせた。  速水と雅は興味なさげにそれを聞いていたが、あまりにも必死なので不承不承(ふしょうぶしょう)といった様子で入部を承諾する。 「悪いな芹野。そういう訳だから手伝ってくれ」  拝むように手を合わせる西田に、断る事ができずに若菜は静かに頷いた。 「無理無理無理!これ覚えられるならテストで百点とってるってば!」 「難しいよね。決まり字っていう全部覚えなくても取れる札もあるから」  最初の難関とも言うべき覚えるという行程は、雅にとってかなりのハードルだったのか、かなりの苦戦が伺えた。 「むらさめ の (つゆ)もまだひぬ まきの葉に、これの下の句どれだ速水」 「(きり)立ちのぼる 秋の夕暮れ」  西田はつきっきりで基礎を教えていて、速水の呑み込みはかなり早いようだった。  あっという間に百首覚えて試合形式もできるだろうと 西田は太鼓判を押す。 こうして放課後二時間だけの夜桜かるた部は始まっていった。     *      *      * 葉桜の季節。 夜桜かるた部はほとんど欠ける事なく活動している。 早々に居なくなるかと思われた速水も毎日来ており、西田も満足気だ。 そろそろ全員で試合形式の練習を始めようとしていた頃だった。 その日はいつも一緒であった雅が仕事を外せないらしく、若菜は一人部室へと向かう事になった。 すっかり男子と女子で別れて教え合っていたため、雅が居ない日はどうにも足取りが重い。 少し遅れて部室に向かい部屋に入ると、そこには何故か速水だけがかるたを眺めて座っていた。 「あ…えっと…」 「今日は西田来ないから」  若菜が状況を確認する前に、目を札に向けたまま短く速水が答える。  あまりにも空気が重い。立ち竦んだまま若菜は立ち入っていいものかと逡巡(しゅんじゅん)を巡らせた。  速水との会話など考えてみればいまの今までほとんどない。雅が上手く三人を繋ぎ止めていたのだと痛感した。   「どうせ暇でしょ。やろうよかるた」  若菜が立ち去ろうと心に決めた時、速水が顔を向けて声をかける。  自分とは違い綺麗で大きな目で見つめて。 「でも、今日雅ちゃんも来ないし…」  言い訳を口にする間に速水は立ち上がると、有無を言わせず若菜の手を取って強引に部屋の中へと引いた。
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