知るも知らぬも 逢坂の関

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 定時制と言っても授業はしっかりとあり、初歩から教えてくれるそうで、自宅で勉強していた若菜にとってはさほど難しい内容ではなかった。 「うわ、これ全然駄目かも。若菜ちゃんこの漢字分かる?」 「え?えっと…」  雅のプリントが若菜の前に差し出され、戸惑いを隠せないまま若菜が答える。 「伊東、あのな。今の実力を測るためのテストなんだから聞いたら意味ないだろ」  教壇から呆れ顔で担任の西田(にしだ)が若菜の言葉を遮った。  静かだった教室が、少し笑いに包まれる。  最初は性格も歳も違う人達と一緒に勉強する事に不安があった。  しかし、数日過ごしていく内に若菜の中での心境は少し変わっていた。  中学の頃は直ぐにいくつかのグループが出来て、その輪に入らなければ自然と疎外されていく気がした。  夜桜でもいくつかのグループが出来上がってはいたが、何故か疎外感を強く感じる事はなかったのだ。  干渉してもいいし不干渉でも構わない。どこかそんな空気があって、誰かを仲間外れにしてやろうという嫌な感じはしなかった。  授業が終わりに差し掛かる頃、教室の扉がゆっくりと開く。 「遅刻しました」 「おいおいまたかぁ速水(はやみ)」  堂々と教室に入ってきた黒髪の男の子を見て、若菜の周りの女子達がはっと息を呑むのが分かった。    学校が始まって日が浅いながらも若菜は速水(はやみ) 修司(しゅうじ)という名前をしっかりと記憶することが出来ていた。  出席確認で何度も名前を呼ばれていたこともあったが、一目見て忘れないような端正な顔立ちをしていたからだ。 「このペースで行くと出席日数が足りなくなるからな。気をつけてな」  西田が机の上にプリントを置くと、短く「はい」と答えて速水はその席に着いた。  その後はつつがなく授業が行われ、あっという間にホームルームの時間となる。  教壇に立った西田は大袈裟な咳払いをして、クラスの視線を集めた。 「えーみんなもクラブ紹介で入りたいクラブを決めたりしたと思うけど、先生は『競技かるた部』というクラブの顧問をしようと思っています。初心者も経験者もぜひ放課後遊びにきて下さい、ね!」 そう言いながら教壇から若菜の居る席まで歩み寄った西田は、目を背ける若菜の肩にポンと手を置いた。
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