第1話 水に浮かぶもの

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第1話 水に浮かぶもの

藍色の水の上に波紋が浮かぶ。 ぽたん ぽたん ゆっくりとリズムよく水が落ちていく。 無数に何個も波紋が浮かんだ。 水の底に黒いものが浮いている。 ぶくぶくと下から無数の小さな泡が 浮いてきた。 膝を抱いた男の子が水の中で 目をつぶっている。 ずっとずっとこのまま水の中にいられたら どんなに楽か。 ふわふわと浮かぶ宇宙の中みたいに 水で生きられたらどんなに楽だろう。 そろそろ肺が限界を達しそうだった。 手を広げ、水の上に向かって泳いだ。 あと少し、空気を吸える。 水しぶきをあげて、男の子はプールを出た。 「息吹、そろそろ帰るぞー。」  深谷 息吹(ふかや いぶき)   小学一年生。  スイミングに通っている。  名前を呼んでいるのは迎えに来た  父の深谷隆司(ふかやりゅうじ)。  ダイエットがてら今日は珍しく父も  泳いでいた。帽子とゴーグルを外した。 「やだ!!」  プールの中に入ったまま言う息吹。  頬を膨らませて水を叩く。 「なんで?スクール終わったんだろ。  いつまで中に入ってるんだよ。」 「拓人くんにいじめられたから。  更衣室行きたくない。  まだそっちにいるでしょう。」 「何されたんだよ。」  しゃがんで父の隆司は、  息吹の話を聞く。 「水、思いっきりかけられた。」 いつの間にか大きな声になってる。 周りの泳ぐ人が避けていく。 「それくらいプールなんだから  あるだろう。  ほら、好きなジュース買ってやるから  こっち来いよ。」  プールでよくあるあるの話に  呆れた隆二は立ち上がった。 「それだけじゃない!!  プールの中に顔沈められた!!」 「……。」  父の隆司は、少し考えて  ため息をついて言う。 「息吹も何かやったんだろ。」 「…腕引っ張った。」  不機嫌そうに答える。 「どっちも悪いだろ。」  いつもやり返すをする息吹だと考えた。 「僕は悪くない!!  だから会いたくない。  拓人なんかいなくなればいいんだ。」 「な、呼び捨て?!  友達になんてこと言うんだ!!  おい!!息吹!?どこに行く?」  父の隆司は  広いコールスコープがあるプールに  入っていく息吹を追いかけた。  歩くたびにタイルにぴたぴたと音が響く。 「まだ帰りたくない!」  飛び込み禁止のところで息吹は  ジャブンと飛び込んだ。  水しぶきが激しかった。  想像よりも深い場所まで沈んでいく。  景色が変わった。  透明だったプールの水が  藍色の水に一瞬にして  ゆっくりと変わっていく。  深海の中に入ったようだ。  息吹は海の中に入るように  足と手をバタバタと動かして周りを  見渡した。  口の中に空気をためて、  ぶくぶくと息を吐く。  目の前に小さな丸い白くまばゆい光が  現れた。  息吹は驚いて、目を瞑り、  ためていた空気を吐き出してしまった。  慌てて上にのぼろうとするが、  幾度も幾度も外に出られない。    下からさっきの丸い光が追いかけてくる。  息吹は怖くなって、必死になって泳いだ。
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