二人だけのアルビレオ

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 たぶんさ、君はもう覚えてないと思う。忘れっぽいから。T.M.RevolutionのAlbireoを二人でカラオケで歌って、「ふたりでひとつになってどこまでいけるのだろう」の後にマイクを向けたら「ずっと」と言ってくれた。  嘘つき、ずっと一緒になんかいない癖に。調子のいいことばっかり言ってさ。言葉遊びを楽しむように恋の駆け引きを楽しんでただけ。出会ったときの君の年齢を越えてやっとわかった。あまりに年の差があって彼女が年下だと未来が想像出来ないから、適当に摘まんで面倒臭くなりそうになったら手離す。お酒のおつまみの唐揚げみたいに。食べ過ぎて胃もたれする前に程好い所で食べるのを止めておく。別れ際に「時間を返せ」と言われる前にキャッチ&リリース。私はお酒のおつまみの唐揚げにも似てるけどブラックバスにも似てる。釣ったら戻す、まるで釣りを楽しむように君は一瞬の恋を上手く演出したよね。  演出の計算が狂ったのはカラオケの選曲だった。「いちご白書をもう一度」を入れた君。 「あ、この曲はうちの親も好き」 私の一言になぜか慌てて、予約取り消し。君は一回り年上でも、うちの母は高齢出産だから親の年齢は大して変わらないのに。明らかに挙動不審で、何かおかしいと気がついた。予約曲が無くなって二人とも手持ち無沙汰。私はglobeの「FACES PLACES」を入れて、「in 1994~」の高音は出ないからオクターブ下で歌う。間奏の間に間髪入れずに聞く。 「1994年は何歳だった?」 私はすぐ答えられる、中二病リアルタイムの14歳。本当に一回り上なら26歳。目を泳がせて答えに詰まる君は、 「働いてて忙しかったから、えーとね。しゃ、社会人で…OSがWindowsに変わる少し前で…えーと26歳」 それとなくWindows95の話を出して誤魔化そうとする。理数系の人がこんなにまごつくはずはない。globeの続きを歌わずに睨みながらマイクを向ける。 「本当は幾つなの?」 マイクを受け取らずにカラオケの低いテーブルに両手をついて急に頭を下げる君。 「ごめん、4歳サバ読んだ…」 私が何か言うまで頭を上げない。ジョッキのビールをその肩まで伸ばした自慢の栗毛色の髪に掛けてやりたい。でも、ビールはベタベタになるから可哀想。マイクでコツンと頭を叩いて許してあげる。マイクを切り忘れたからボカッといい音がした。 「そんなの誤差の範囲だよ、一回り上と言った癖に二回り上とかなら許さないけどね」 捨てられた子猫みたいな上目遣いで、そっーと顔を上げる君。仕切り直しに二人で歌える曲を入れる。私が小学生で年齢詐称してた君は二十代後半のときの曲。中山美穂の「世界中の誰よりきっと」、私が子どものときにギリギリの記憶で知ってる曲が君のドストライク年代。サビの最後の「季節を越えていつでも」の後に「愛してる」とサビのメロ線に似せてハモって入れるのが二人の定番だった。  そう、春から夏に、夏から秋に季節が変わっても誰よりもいつでも愛してる。そう信じたい、でもそれは無理だとなんとなく勘づいてた。燦々と輝く夏の太陽を覆い隠す遮光カーテンを引く準備を君はしている。真っ暗な蒸し暑い部屋。テーブルクロス引きに失敗して、カラトリーは無事でもワイングラスが倒れる。ダークブラウンの木目調のテーブルの角に当たり、グレーの絨毯の上に欠片になって舞い落ちる。真夏の儚い雪のように、愛は砕け散った。  さよならは言えなかった。あのカラオケの後にいつもと何も変わらないことを確かめるように愛し合った。でも、油が切れたブリキのロボットみたいにぎこちなかった。海の波が静かに引くように、浜辺には涙に濡れた砂だけが残された。 「またカラオケ行こう、次いつ会える?」 「…仕事の休みがわかったら…電話する」 「うん、楽しみにしてる」 背伸びして頬にキスをしたら、君の瞳は潤んでいた。顔を背けた後に肩がほんの少し震えてる。さよならの歌が聞こえた気がした。  なんだっけ?小学校の音楽で歌う奴。ああ、「ありがとうさようなら」だ。あの曲がずっと流れてる。次のカラオケは行けなかったし、もう二度と会えなかった。でも、あの日二人で歌った「Albireo」と「世界中の誰よりきっと」は、7月の向日葵よりも黄金色に輝いてるよ、今でも。あのときありがとうは言えなかった。さよならが辛すぎて。でも、今なら言える。さよならしてくれてありがとう。そういえば君は慌てて予約を消したから、「いちご白書をもう一度」を歌いそびれた。あの曲ね、亡くなった母が好きなんだ。私も得意でちゃんと歌える。どこかでばったり偶然会ったらカラオケにでも行こう。「いちご白書をもう一度」を二人で歌おう。同じ手に二度引っ掛かるほど甘くはないから安心して。キャッチ&リリースが得意みたいだけど、キャッチされる前に逃げるから。今度こそ逃した魚はジョーズ並みに大きいと後悔させてやりたい。またどこかで会えたら、一緒に歌おうよ。 (了🎤)  
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!