ロープ

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 電話があった時、俺は自分の部屋にいた。小学生の頃から使っている学習机とセミシングルのベッド、後は小さな棚があるだけの部屋だ。それだけの家具でも四畳半の部屋はいっぱいになってしまう。  明日は休日だったが、やりたい事は思い浮かばなかった。とりあえずは昼近くまで寝ていよう。それだけが決まったスケジュールだ。そんな事を考えているとスマホが鳴った。 「兄貴。ありがとう」  開口一番、弟の智己は言った。安堵と喜びが混ざった声だ。 「どうしたんだ、突然」と俺は返した。簡単な用事ならメールで済むだろう。わざわざ、電話をすると言う事はそれなりの事だろう。俺は続きを待った。 「大学、無事に卒業できたよ。みんな兄貴と母さんのお陰だよ。本当にありがとう」  再び、弾んだ声が耳に届いた。 「そうか。頑張ったな」と俺はありきたりな言葉を返した。以前、詳しくは教えてくれなかったが、就職は決まったと連絡があった。これで智己の人生は安泰だ。これからが本当のはじまりなのだろうけど、最高のスタートを切る事ができたのだ。  それから俺たちはお互いの近況を報告しあった。その度に智己は礼を口にしていた。  突然、ドアが開いた。ノックは無い。お袋だ。 「賢治、智くんから?代わりなさいよ」とお袋は言い、何かを言う前に俺からスマホを奪った。 「智くん?母さんだよ〜ん。どうしたの」とお袋は喋り出した。その3秒後、奇声を発した。俺は顔を顰めた。 「おめでとう!おめでとう!おめでとう!もう、これで大丈夫だね。うん、うん、うん。良かった」などと話しながら、お袋は俺の部屋から出て行った。  俺はスマホを取り返す気にもならず、智己の事を考えていた。  アイツも春から社会人か。とは言っても俺とはステージが違うのだろう。俺なんかでは想像もつかない場所で働くのだろう。どうか、実りの多い人生であってくれ。そう願う。けれど、幾ばくかのしこりの様なものが胸に残った。  しばらくすると再びノックも無しにドアが開いた。お袋だ。  お袋は俺と目が合うとあからさまに仏頂面になり、スマホを投げてよこした。 「智くん。なんでアンタなんかに電話を掛けたんだろ?直接、私に掛ければいいのに」と言い、俺を睨んだ。俺はそれには答えなかった。お袋は鼻を鳴らすと、「アンタは、惨め、だね」と噛んで含める調子で言い、口角を上げた。  お袋の言葉はまるっきりの真実だ。俺は首を縦に小刻みに動かした。
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