ロープ

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「あー!見つけたー!あっカエサル駄目ー!」と女性の高い声が響いた。俺は何事かと、体を起こして声の方に顔を向けた。するとハスキー犬も同じ方向を向いた。そこにはスポーツブランドのジャージを着た若い女性がいた。歳の頃は俺と同じくらいか。  次の瞬間、ハスキー犬、カエサルは賑やかに動いていたシッポをダラリと下げ、ピンと立っていた耳を伏せた。そして世にも情けない表情をつくり、俺を見つめた。俺にはカエサルの言いたい事が伝わってきた。多分、こうだ。 『お前も一緒に謝ってくれないか?』だ。 「分かった。カエサル。一緒に行こう」そう俺はカエサルに声をかけて立ち上がり、女性の方へ歩き出した。カエサルはこれ以上無いくらい頭を下げ、トボトボと歩きだした。後ろ姿からは悲壮感が伝わってきた。さっきまでの元気は消え失せていた。  女性の方も小走りでこちらに寄って来た。真っ青な顔をしていた。 「あの。すみません。私、この子の飼い主の北野と申します。ご迷惑を掛けてしまいまして」と言い、勢いよく頭を下げた。 「いえ、こちらこそ、遊んでもらってすみません」と言い、俺も軽く頭を下げた。 「でも、服が……」  俺はシャツやズボンを見た。確かに砂まみれになっていた。多分、顔や髪も同様だろう。 「ああ、普段着ですし、構わないですよ」と俺は言った。実際、いつ買ったか分からないぐらいの服だ。お世辞にもお洒落とは言えない。洗濯してあるから清潔だけど、清潔感は無いだろうな。 「あのう。クリーニングを……」と北野さんは小さな声で言った。 「大丈夫ですよ」と俺は言い、話題を変えた。 こんな服よりクリーニング代の方がよほど高い。「カッコいい犬ですね」 「あっ。ありがとうございます」 「でも今は随分としょげてますね」と俺はカエサルを見下ろした。変わらず、下を向いており、耳は伏せられて、シッポは後脚の間に挟まれていた。そして完全に存在感を無にしていた。「あんまり叱らないであげて下さい。悪いのは遊んでもらってた俺ですから」 「いえ、そんな。遊んでもらってありがとうございました」と北野さんは言った。 「元気なくなっちゃいましたけど、大丈夫ですか?」と俺は言い、しゃがんでカエサルの顔を見た。やはり情けない顔をしていた。顔の模様のせいか、ハの字眉毛のように見える。思わず、頬が緩む。  北野さんもしゃがみ、カエサルと視線の高さを合わせた。しかし、カエサルは北野さんから顔を背け、さらに深く下を向いた。 「大丈夫です。明日になれば元気いっぱいです」と言い、笑みを浮かべた。少しだけ打ち解けた気がした。  その時、カエサルの首元に気になるものを見つけた。
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