ロープ

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 俺の家には親父が居ない。俺が高校に入る頃、ガンで亡くなった。  親父は元々、頑健な方では無かった。体調不良も日常茶飯事だった。ある意味、体調不良慣れしていた。本人も『ちょっとぐらい体調が悪いくらいの方が調子が良い』なんて事を嘯いていた。だからこそ、ガンに罹っていても、いつもの不調だぐらいに考えていたのだろう。ガンである事が判明してから、崖から落ちる様なスピードで病状が悪化し、気がつけば火葬場だった。  親父は平日は仕事で居なかったし、土日はいつも寝てばかりいた。顔を合わずのは土日の夕飯の時ぐらいだった。その時はいつも笑っていた。説教を食らった事も深い話をした事も記憶に無い。  だからだろう。俺は親父の軽い骨壷を抱えてもなお、死んだと言う事実を飲み込めずにいた。なんの実感も感慨も湧かなかった。  しかし、我が家の家計は相当に逼迫していた。親父の死で多少の保険金はおりたが、それは親父の未払い分の治療費、お袋がパートに出るまでのつなぎの生活費、そして俺や智己の学費に消えた。  お袋がアルコールに手を染めたのはこの頃からだ。酔うと決まって『せめて事故で死んでくれたら、金になったのに』と喚いた。そんなお袋の姿はガキの俺にはひどく醜く映った。軽蔑と言う言葉の意味が実感できた。酒瓶を見ると、俺と智己はそっと自室に籠るようになった。  俺は成績は悪くなかった。むしろ、かなり上の方だった。我が家の事情を知らない担任からは、東京の大学の幾つかを狙ってみるように言われた。しかし、我が家には東京まで行って試験を受ける費用さえきつかった。  だから俺は奨学金を使い、地元の国立大学に通おうと考えていた。バイトをめいいっぱいすれば、叶えられる望みだったはずだ。学力に関しては全く問題が無かった。  
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