ロープ

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 俺とお袋が進路について話をしていた時だ。 実際には地元の大学に行き、バイトをめいいっぱいやるという事の確認だ。話すべき事を話し、幾つかの確認を済ませ、俺が席を立とうとした時、リビングのドアが勢いよく開き、智己が入ってきた。そして叫ぶように言った。 「俺、大学に行きたいよ。勉強したいんだ」そう言う智己の顔と目は真っ赤だった。  この時、智己は中学3年生だった。 「智くんも行けるよ。大丈夫。なんとかするよ」アルコールの入っていないお袋は落ち着いた声色で言い、笑みをつくった。  智己も奨学金を使い、実家から学費の安い国立大学に通えば何とかなるはずだった。智己は俺よりも頭が良く、順当に行けば叶えられるだろう。 「俺、地元の大学じゃ嫌なんだ」とこちらが何かを言う前に智己は堰を切ったように、話し始めた。一通り話し終わった智己は俯き、俺たちの言葉を待った。智己の手は震えていた。  智己は地元の大学ではなく、もっと上の大学に行きたいのだった。  確かに、智己の学力を考えると地元の大学では物足りない。東京か近畿の有名でレベルの高い大学に行きたいと言う希望は、確かに不当なものでは無かった。しかし。  俺は何か言うべきだったのかも知れない。けれど、何も言えなかった。今だって何をどう言えば良いのか分からない。 『俺も妥協するんだ。お前も諦めろ』とでも言えば良かったのか?こんな言葉しか出てこないという時点で、俺は俺自身に対して妥協しているという事じゃないか。   その時のお袋は目を閉じ、考え込んでいるように見えた。 「賢治、アンタは何か将来やりたい事はあるの?」とお袋は言い、俺をきつい目で睨んだ。  俺は答えられなかった。
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