ロープ

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 こうして俺は進学を諦め、就職した。就職先はお袋が見つけて来た。給与しか目に入っていなかったのだろう。その他の条件は推して知るべし、と言った内容だった。早い話がブラックだ。  日付が変わってから帰宅する俺に対して「アンタ、良い条件じゃない?辞めるんじゃないよ」と射るような視線で歌うようにお袋は言った。  俺たち家族にとって幸いだったのは智己が順調に学力を伸ばし、地域のトップクラスの高校に進学し、さらに希望する大学に入れた事だった。  智己が意気揚々と希望に満ちた目で東京に向かった日、お袋は俺に向かって「あの子の1番良い時期が始まるのね」と言った。  俺には『アンタの1番良い時期は終わったわね』と聞こえたような気がした。  俺の方は闇の中に放り込まれたような日々だった。そして無数のロープに絡み取られ、指一本だって自分の意志では動かせない、動かせば全身をさらにきつく締め付けてくる、そんな気がした。  日付が変わる前に帰れるのはまだ良い方で、泊まり込みも休日出勤もザラだった。いつ終わるとも知れない仕事に追われ、小突き回され、すり減っていった。そして通帳には存在の小ささを証明するかのように、悲しい程に小さい数字が並んでいた。  でも、だ。智己が大学を卒業して帰ってくるまでの間だけだ。そう思えば耐える事はできた。
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