ロープ

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 智己からの電話は智己の『兄貴、ごめん』で始まり、俺の『気にするな』で終わった。  智己からの電話は今後の事だ。相談なんかではなくただの連絡だ。やれやれ。お袋になんて言おうか。いや、お袋は何も言わないかも知れない。いつからお袋の愛情に差が生まれたのだろう。  電話の内容はこうだ。  地元には仕事が無いから帰らない。  東京は物価も高く、生活が厳しいから、学費の支払いはできそうに無い。どうかこのまま兄貴たちで払って欲しい。  智己は謝りながら話していた。  俺は昂りそうな感情に蓋をするべく、感情の波を必死で抑えながら聞いていた。  どうして俺は『気にするな』なんて言えたのだろう?言ってしまったのだろう?  俺は智己が帰ってきたら、仕事を辞めるつもりでいた。今度は俺がお金を工面してもらい、4年制の大学は無理だとしても専門学校に通い、資格やスキルを身につけようと考えていた。  そしてもっとマシな職場を探す。今の職場ではそのうち身体を壊すだろう。  無理な願望では無かったはずだ。それくらいの夢ぐらいは許されるはずだ。  俺はため息を吐いた。吐いた息が口から出る時、重さと硬さを感じた。けれど俺の胸は軽くはならなかった。痛みが走っただけだった。  電話の後、画面が黒くなったスマホを見つめ続けた。  俺は画面をタップしゲームを起動させた。酒もタバコも服も金を掛けられない俺の唯一の楽しみだ。勿論、無課金で楽しませてもらっている。  画面の中ではいつもキャラクターが笑いかけてくれる。俺に笑いかけてくれるのはコイツだけ。頭を使ってプレイしている分、それなりには強い。けれど、課金しているプレイヤーにはまるで勝てない。当然と言えば当然だ。ゲームは課金者のお金で成り立っているのだ。コイツも笑顔の裏では課金を望んでいるのだろうか。  そんな事が頭をよぎり、俺はゲームを止め、ベッドに寝転がった。低いシミだらけの天井を見上げた。    
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