母様激怒

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愛妾…………って? え? 僕がアレクサス王子を愛人にするって事? 止まっていた思考が動き出し、僕は椅子を倒す勢いで立ち上がった。 「えぇっ!」 「父上や兄上、家臣達から、月の姫が男性だったと聞かされたのは、この国に出発する日だった。父上や兄上からは、求められたら喜んでこの身を捧げよと言われました。その為に……私は父上や兄上から、男を受け入れる準備をしろと……」 まるで自分を抱き締めるかのように、アレクサス王子は両手を組んで目を閉じた。 長い睫毛が小刻みに震えている。 (あぁ……アレクサス王子も、嘘の情報に翻弄されたんだ……) 「あの……多分ですけど」 僕はアレクサス王子を宥めるように、優しく話しかけ 「子供を身篭るとしたら、僕なんですよ」 と呟いた。 「…………え?」 「だってアレクサス王子、龍神の守護が無いでしょう? どうやって子供を作るの?」 僕の問いに、アレクサス王子はポカンっとした顔をしている。 「確かに、僕達の国では男性も身篭る事は出来るよ。でも、ババ様達魔女の力が必要なんだ。そしてもう一つ。本人が強く望まなければ、子供は宿せない」 僕の言葉に、アレクサス王子はショックを受けた顔をして 「それでは……私はなんの為に、あんな屈辱を……」 口元を覆う手が……、身体が……震えている。 その姿は、あまりにも痛ましかった。 恐らく、アレクサス王子はこの国に売られたと思っていたのだろう。 そしてこの国に高く売る為だと言われ、父親と義理の兄に性的虐待を受けたのだろう。 そりゃあ、その原因になった僕を憎く思うのは当然だ。その上、自分の母親しか呼ばせていない愛称でまで呼ばれたりなんかしたら、許せなくなるよね。  僕はどうしたら、アレクサス王子がこの国で生きていけるのかを考えた。 まずは、頑なになったアレクサス王子の心を解したかった。 「あのね、アレクサス王子。僕達はきみを傷付けたりしない。それは約束する。僕との事も、僕の両親は無理強いしないから安心して」 安心させたくて、そっとテーブルに置かれていたアレクサス王子の手を握ろうとした時だった。 「触れるな! 穢らわしい!」 恐らく咄嗟に出てしまったのだろう。 叫んだ後、ハッとした顔をしたのが見えた。 叩き落とされた僕の手より、アレクサス王子の方が痛そうな顔をして僕を見た。 「あ…………すみま」 「どういう意味だ?」 謝ろうとしたアレクサス王子の小さな声を、母様の怒りの声がかき消した。 驚いて振り向くと、激怒した母様がアレクサス王子を睨んでいた。 「亜蘭を穢らわしいと……そう言ったのか!」 初めて見た母様の怒った顔に、僕も腰を抜かしそうになった。 綺麗に流れていた噴水が突然、物凄い渦になってアレクサス王子を飲み込んだ。 「こちらにも落ち度があったから、下手に出ていれば調子にのりやがって……」 水の中で息が出来ないのだろう。 アレクサス王子が、苦しそうにもがいているのが見える。 そして母様の瞳が、父様と同じサファイアのような青い色になっていた。 全てが初めての状況で、僕は唖然として動けなかった。 しかし、水柱の中でもがくアレクサス王子が「カハッ」っと息を吐き出した音に我に返った。 「母様、止めて!」 そう叫んだ瞬間、僕の首に下がっていた指輪が黄色く光ると地鳴りがして地面が揺れ出した。 ガタガタと揺れる地面に、テーブルの上から食器が落ちて割れた音を立てた。 すると母様も我に返ったらしく、水柱が消えてアレクサス王子が地面に崩れ落ちた。 「アレクサス王子!」 僕が駆け寄ろうとすると 「亜蘭、ダメだよ」 風が僕の身体をフワリと浮かせ、デーヴィドの腕の中へと僕を運んだ。
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