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名刺を渡されたソフィーネは反射的に立ち上がって名刺を受け取ったが、「はあ」と気の抜けた返事をするしかなかった。
「この度、我が国の王太子殿下直々の要請で、ソフィーネ様の事情を細かく調べさせていただきました」
ソフィーネはまたも「はあ」と返事をしたものの、聞き捨てならない言葉に目を丸くした。
「えッ!? 王太子殿下ッ!?」
ほぼほぼ絶叫に近かった。
一瞬、聞き間違いかとも思った。
しかし名刺を見ると確かに王家の烙印が押され、「王家顧問弁護団代表」という肩書がついている。
どういうことだ。
生まれは貴族だが、両親の死後シューベル男爵の養女となった自分に王家との接点はないはずだ。
名刺を見ながら混乱していると、レオと名乗った弁護士は呆れた表情で楽しそうに笑っているリチャードに顔を向けた。
「まさか、いまだに名乗っておられなかったのですか?」
「あはは、だってその方が気兼ねなく会話ができるじゃないか」
「はあ、あなたというお方は……」
まだ状況が飲み込めていないソフィーネに、レオは姿勢を正してリチャードに手を差し出した。
「ソフィーネ様。ご紹介いたします。我が国の王太子リチャード・ルロイ・フォン・ブラウン殿下です」
「えええッッッ!?」
今度はさすがに腰を抜かした。
まさか、時々やって来ては言葉を交わしていたこの美青年が王太子殿下。
ソフィーネは開いた口がふさがらなかった。
両親が生きていた頃でさえ、王家とはなんの関りも持っていなかった。
貴族であった父は少なからず接点はあったかもしれない。
しかし当時幼かった上に女だったソフィーネには王族など遠い存在だった。
そんな王太子殿下が今、目の前にいる。
しかも自分のことを名前で呼んでくれている。
信じられなかった。
言われてみれば、時たま威厳を感じさせる言動があったりもした。
なぜその時に気付かなかったのだろうと思わずにはいられない。
リチャードは「今まで黙っててごめんね」と謝りながら、
「ソフィーネとは仲のいい関係でいたかったからさ」
と取ってつけたような言い訳で誤魔化した。
「実はね、このトンプスキンも王家御用達の商人なんだよ。僕が街に出る時に気軽に立ち寄れる場所として、自分の屋敷を開放してくれてるんだ」
「勝手に泊まりに来てるだけでしょう」
トンプスキンがすかさず訂正する。
もうどちらが本当かわからない。
「まあ、つまり。ソフィーネはいつまでもここにいていいってことさ」
「は、はあ」
パクパクと口を動かすソフィーネに、レオはコホンと一つ咳をして言った。
「お話のほうをすすめてもよろしいですかな?」
「あ、は、はい……。ごめんなさい……」
ソフィーネはすぐに襟を正すと、レオに向き直った。
「実はそんなソフィーネ様にひとつ提案があるのです」
「提案?」
「はい。まずは養女となられたシューベル・スターレン男爵家とは絶縁していただきたい」
「ぜ、絶縁?」
要するにスターレン家からの解放である。
しかし他に身寄りのない彼女にとってその選択肢は今までにないものだった。
「でも私には他に頼れる親族は……」
「このダンベル家の養女、つまりトンプスキン様の娘となられたらいい」
「えッ!?」
寝耳に水だった。
しかしそれは願ってもない事だった。
貴族の肩書は失うが、スターレン家で毎日奴隷のように過ごすよりは断然いい。
「で、でもいいのですか?」
「今まで滞在されてわかったかと思いますが、トンプスキン様は独身でして家族がいらっしゃらないのでございます。トンプスキン様がサインをすれば、すぐにでも養女となられます」
「私もソフィーネ様みたいな娘なら大歓迎ですぞ」
日頃の彼女の行いを見ている分、むしろトンプスキンのほうが乗り気だった。
「ソフィーネ、どうかお父様と呼んでおくれ」
「気が早いんだよ、トンプスキン」
二人のやりとりを見て、ソフィーネは夢を見ているみたいだった。
こんな自分を娘にしたいと言ってくれる人がいる。
それが嬉しくてたまらなかった。
レオはさらに大きく咳をすると、仰々しく言った。
「そしてここからが本題です。ソフィーネ様を王太子殿下の婚約者として迎え入れたく存じます」
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