第三話 逆転劇

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第三話 逆転劇

 ソフィーネは耳を疑った。 (婚約者? 誰が?) 「受け入れてくれるかな? ソフィーネ」  リチャードは真剣な面持ちで彼女を見つめている。  ソフィーネは自分でも顔が真っ青になっていることを自覚した。 「ち、ちょっと整理させてくださいませ……」 「ああ、いいよ」 「あの、その……婚約者ってなんですか?」  ソフィーネの問いにレオが律義に答える。 「婚約者とは、将来結婚することを約束した相手のことで……」 「それはわかっています!」  拳を握り締めて力強く言い放ったソフィーネは、すぐにハッとして「申し訳ございません」と謝った。  そしてリチャードに恥ずかしそうに顔を向ける。 「王太子殿下は私と、その……婚約……したいのですか?」 「ダメかな?」 「ダメに決まっています! 私なんかが殿下と婚約だなんて!」  ブスキモ令嬢と言われ、壁のブタと揶揄されていた自分が、まさか一国の王子と婚約などできるわけがない。 「なんでダメなんだい?」  リチャードは身を乗り出して聞いてきた。  その顔は不安でいっぱいだった。 「もしかして、僕のこと嫌いかい? それとも他に想い人がいるのかな?」 「リチャード様のことは……す、好きですけど……」  パアッとリチャードの顔が眩しく輝く。 「なら話は早い! すぐにでもソフィーネが婚約者に決定したことを国中に知らせよう!」 「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! なんで私なんですか!」 「え? なんでって」 「自分で言ってはなんですが、私、こんなにブサイクだし、肌もカサカサだし、パーティー会場ではブスキモ令嬢って言われてるんですよ?」  リチャードは悲しそうな顔をしてソフィーネに近づくと、その顎を指でつかんでクイッと持ち上げた。 「自分で自分をそんなに卑下しないでくれよ。君は美しい。ブスキモ令嬢? そんなことを言うヤツのほうが心が醜いね」  美しいと言われたソフィーネは、カアッと顔を真っ赤に染めて反論の言葉を探した。 「そ、それにダンベル家の養女になったら結婚なんて出来ないんじゃ……」 「それは問題ございません」  レオはそう言って難しそうな用紙を取り出す。 「本来、王家はどなたとも結婚できる身分です。過去に辺境に住む村娘を王妃に迎え入れた歴史もございます。接点があまりないので貴族階級の者ばかりとの婚姻が多いですが、国の法律では認められているのです」  レオの指し示した条文には、確かにそのようなことが書かれていた。 「王族と結婚されたらダンベル家には爵位も授けられます」 「私は貴族よりも商人のほうが性に合ってるんですがねー」  困ったように笑うトンプスキン。 「ちなみにシューベル男爵の許可は得ております」 「え!?」  ソフィーネは思わず席を立った。 「お、お義父さまに会われたのですか?」 「はい。残念ながらソフィーネ様のことは少しも心配しておりませんでしたが」 「こ、この場所を言ったのですか?」 「いえ。商人の家で保護されたとだけ伝えました」  ホッと息をついた。  商人と言っても幅広い。  きっと人の良い小さな商家で拾われたとでも思ったのだろう。 「保護した商人がソフィーネ様を養女にしたいという意向を伝え、ソフィーネ様との絶縁を進言したところ、快く許可してくださいました」  目に浮かぶようだった。  シューベル男爵もアリッサもサリーも、ソフィーネを常日頃から疎んじていた。  世間体もあるため簡単に家から追い出すことは出来なかったが、彼女を引き取りたいという者がいれば喜んで差し出していたであろう。 「これが許可証です。あとはソフィーネ様のサインを頂ければ、正式に絶縁となります」  後にこうなることを想定して先に行動をおこしていた彼の手腕に脱帽する。  ソフィーネはなんの躊躇もなく、書類にサインした。  これで親族のスターレン家とはまったく関係がなくなり、赤の他人となったわけだ。 「あとはこちらを……」  レオが差し出す書類に粛々とサインをしていくソフィーネ。  その一枚一枚が、彼女の新たな未来を形作っていくのだと思うと、身体が震えた。 「それでは、これを国政院で受領してもらうよう手配いたします」  こうして彼女はようやくスターレン家の呪縛から解放されたのだった。
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