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いっぽうその頃、婚約パーティー会場にアリッサ、サリーとともに来ていたシューベル男爵は不機嫌な顔をしていた。
半年前から始めた新事業。
それが労働者のストライキで破綻してしまったのだ。
劣悪な環境で賃金もろくに出さないシューベル男爵に、みんな嫌気がさしたためである。
シューベル男爵ははらわたが煮えくり返る思いで出された酒をガブガブと飲んでいた。
「まったく、下等なヤツラがほざきおって。おかげで大損害じゃないか」
「あなた、まだ始まってもいないのに飲み過ぎよ」
「ふん、構うものか。どうせ若造が婚約者を自慢するだけのパーティーなんだ。先に酔っておかないとシラケちまう」
「でも王太子殿下ってすごい美男子という噂よね。いいなー、そんな人と婚約だなんて」
「サリーもはやくどこかの御曹司を手籠めにしろ。うちをもっと大きくできるような家とな。でも今回の事業で出資したあのボンボンはダメだぞ」
「わかってますわ、お父様。あんなの私の趣味じゃありませんもの」
そうこうするうちに、パーティーが始まった。
厳かな音楽とともに会場の扉が開き、奥からリチャードが姿を現す。
絵画と見紛うばかりの整った顔立ちに、サリー含めその場にいたすべての令嬢が「はうっ」と息を吐いた。
噂に聞いていた王太子殿下。
まさかこれほどまでの美青年だったとは。
うっとりする彼女たちにリチャードが微笑み返すと、多くの女性が虜となった。
(ああ、素敵……)
まさに噂以上。
王太子殿下の登場に会場は一気に盛り上がった。
「この度は私の婚約パーティーにご参加くださいまして、まことにありがとうございます」
リチャードが壇上に上がり、お礼の挨拶をする。
そんな彼の声にうっとり聞き入る令嬢たち。
リチャードは、あらかじめ原稿を用意していたかのようにつらつらと言葉を紡ぎ出して行った。
その堂々とした挨拶に、多くの貴族が「ほう、立派なものだ」と頷いた。
そして満を持して、リチャードが婚約者を発表した。
「それではご紹介いたします。私の婚約者、ソフィーネ・ダンベルです」
ソフィーネという言葉に、サリー含め多くの令嬢が「は?」と思った。
(ソ、ソフィーネですって?)
リチャードの言葉を受けて扉から入ってきたのは、亡き母の形見であるドレスで着飾ったソフィーネであった。
彼女の登場に、一斉に令嬢たちがざわつく。
「え? なに? どういうこと?」
「ソフィーネって、あのソフィーネ?」
「まさか。別人でしょ?」
「でもあのドレス、彼女がよく着ていらしたものよ」
「ほ、本当ですわ!」
ざわつく会場を静かに歩きながらリチャードの隣へとやってきたソフィーネは、ドレスの裾をあげてゆっくりとお辞儀をした。
「この度、リチャード様と婚約をかわしましたソフィーネ・ダンベルです。どうぞよしなに」
声も間違いなくソフィーネだ。
ますます会場はざわついた。
確かに彼女たちの前に登場したのは、かつて「ブスキモ令嬢」と蔑まれていたソフィーネに間違いなかった。
髪はボサボサで、肌はカサカサ、壁のブタとまで揶揄されていた彼女。
それがこんなにも美しく変貌しているとは信じられない。
「お、お父様、これはどういうこと?」
サリーもポカンとしながらシューベル男爵に尋ねた。
彼にも何が何やらわかっていなかった。
「ど、どういうことだ? なぜ彼女が王太子殿下の婚約者なのだ?」
どこでどう知り合ったのか。
この半年の間に何があったのか。
王族と関わりを持つなど、相当なことだ。
どんな魔法を使ったのか。
混乱しているシューベル男爵に、妻のアリッサが話しかけた。
「あ、あなた。もしかしてこれはチャンスじゃなくて? 私たちの娘だったあの女が王太子殿下の婚約者ですのよ? 私たちも王家の一員になれるかもしれませんわ」
その言葉に彼はハッとした。
「そ、そうだな! これはまさに僥倖だ。最近いいことがないと思っていたが、ここにきて幸運が転がり込んできたぞ」
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