第一話 ブスキモ令嬢

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 どれくらい走っただろう。  ボロボロになった母の形見のドレスで、むき出しになった胸を隠しながら走り続けていると、大きな橋に差し掛かった。  この街で一番広くて大きいサウス川である。  ソフィーネはようやく足を止めると、橋の欄干に手をついて息を整えた。  背後を振り返る。  追っ手の気配はなかった。  どうやらこの夜の暗闇で逃げおおせたようだ。  彼らが明かりをもっていなかったことも幸いした。 (よかった……)  ソフィーネは「ふう」と大きく息をついた。  当面の危機は去った。  しかし。  彼女はもう帰ることが出来なかった。  強姦されそうになったとはいえ、貴族に危害を加えてしまったのだ。  帰ったら何をされるかわからない。  そもそも、帰ったところで良い事など一つもない。  いつものようにひどい扱いを受けるだけだ。  帰れないのではなく、帰りたくなかった。  ふと、ソフィーネは欄干から下を覗き込んだ。  サウス川は流れが速く、深さもそれなりにある大きな川である。  橋から川面までもかなり高い。  ここから飛び降りれば確実に死んでしまうだろう。 (……それも、ありか)  生きていても良い事は何ひとつない。  この先もツライだけならここで死んだほうがマシだ。  ここに至って初めてソフィーネは死を決意した。  この世に未練はない。  死んでしまおう。  ソフィーネは欄干に足を乗せると、身を乗り出した。  川が夜空の星々を反射させてキラキラと輝いている。  さきほどまで自分がいたパーティー会場とは打って変わって綺麗な景色だった。 (せめて苦しまずに死ねます様に……)  ソフィーネがそう願いながら橋から飛び降りようとした瞬間。  何者かにガッと身体をつかまれた。 「あっ!」  声をあげる間もなく、ソフィーネの身体は橋の上に叩きつけられた。  気づけば、一人の男にソフィーネの身体は押さえつけられている。  彼は大声で何かを喚いていた。  しかし今にも死のうとしていたソフィーネの耳には何も届かなかった。 「バカな考えはよせ!」だとか「死ぬんじゃない!」だとか、他にも何か叫んでいるようにも聞こえる。  ソフィーネは自分を押さえつけている男に、涙を流しながら懇願した。 「お願い……死なせて……」  たった一言。  それだけ言うと、彼女は意識を失った。
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