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どれくらい走っただろう。
ボロボロになった母の形見のドレスで、むき出しになった胸を隠しながら走り続けていると、大きな橋に差し掛かった。
この街で一番広くて大きいサウス川である。
ソフィーネはようやく足を止めると、橋の欄干に手をついて息を整えた。
背後を振り返る。
追っ手の気配はなかった。
どうやらこの夜の暗闇で逃げおおせたようだ。
彼らが明かりをもっていなかったことも幸いした。
(よかった……)
ソフィーネは「ふう」と大きく息をついた。
当面の危機は去った。
しかし。
彼女はもう帰ることが出来なかった。
強姦されそうになったとはいえ、貴族に危害を加えてしまったのだ。
帰ったら何をされるかわからない。
そもそも、帰ったところで良い事など一つもない。
いつものようにひどい扱いを受けるだけだ。
帰れないのではなく、帰りたくなかった。
ふと、ソフィーネは欄干から下を覗き込んだ。
サウス川は流れが速く、深さもそれなりにある大きな川である。
橋から川面までもかなり高い。
ここから飛び降りれば確実に死んでしまうだろう。
(……それも、ありか)
生きていても良い事は何ひとつない。
この先もツライだけならここで死んだほうがマシだ。
ここに至って初めてソフィーネは死を決意した。
この世に未練はない。
死んでしまおう。
ソフィーネは欄干に足を乗せると、身を乗り出した。
川が夜空の星々を反射させてキラキラと輝いている。
さきほどまで自分がいたパーティー会場とは打って変わって綺麗な景色だった。
(せめて苦しまずに死ねます様に……)
ソフィーネがそう願いながら橋から飛び降りようとした瞬間。
何者かにガッと身体をつかまれた。
「あっ!」
声をあげる間もなく、ソフィーネの身体は橋の上に叩きつけられた。
気づけば、一人の男にソフィーネの身体は押さえつけられている。
彼は大声で何かを喚いていた。
しかし今にも死のうとしていたソフィーネの耳には何も届かなかった。
「バカな考えはよせ!」だとか「死ぬんじゃない!」だとか、他にも何か叫んでいるようにも聞こえる。
ソフィーネは自分を押さえつけている男に、涙を流しながら懇願した。
「お願い……死なせて……」
たった一言。
それだけ言うと、彼女は意識を失った。
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