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その日から、ソフィーネはトンプスキンの屋敷に滞在することになった。
トンプスキンの屋敷は本当に大きく、シューベル男爵の屋敷の何倍もの広さがあった。
後で知った事だが、トンプスキンは貴族ではなく商人らしい。
どうりでパーティーでも見たことがないと思った。
しかしこれが貴族ではなく商人の屋敷だとは到底思えなかった。
あまりに大きい。
商人ともなればこんなに大きな屋敷を持てるのだろうか。
トンプスキン含め屋敷の使用人は皆親切で優しかった。
そして時折リチャードが来てはソフィーネの話し相手をしてくれた。
いつもいそいそと来てはいそいそと帰って行く。
普段、何をしている人物なのかソフィーネにはまったくわからなかったが、彼の優しさだけは本物だと思えた。
このまま居候するのも気が引けたソフィーネは、トンプスキンに頼んで屋敷内の家事全般をやらせてもらった。
シューベル男爵の屋敷で毎日奴隷のように働かされていたため、その手際はよく、多くの使用人たちが驚いた。
「ほら、こうすればこちらを片付けてる間にこちらもできるでしょう?」
「本当だ! これなら無駄な時間が短縮できますね!」
その結果、屋敷内の作業効率は飛躍的に上がり、ソフィーネは屋敷の使用人たちから尊敬されるほどになった。
料理の腕も完璧で、普段シューベル男爵たちは何も言わずにソフィーネの作った料理を食べていたが、トンプスキン以下屋敷の者たちは皆一様に「美味しい」と言って彼女の料理を褒め称えた。
「さすがはソフィーネ様。これはお店を開くレベルです!」
「ふふ、喜んでもらえてよかった」
「これで普段の食費を3分の2に抑えてるなんて信じられません!」
「どんな魔法を使ったのですか?」
ことここに至って、ソフィーネが男爵令嬢だと知った使用人たちは、まったく偉ぶらないソフィーネをより一層尊敬するようになった。
「ソフィーネ様、ずっとここにいてください!」
そう懇願してくる者までいた。
しかしソフィーネは気がかりだった。
あの逃げ出した晩から3週間。
シューベル男爵はどう思っているのだろう。
アリッサもサリーも怒っているに違いない。
もしかしたら制裁を加えようと血眼になって探し回っているかもしれない。
彼らに捕まった時のことを想像して、ソフィーネは身体を震わせた。
トンプスキン家がいくら裕福であろうとも、貴族には逆らえない。
特にシューベル男爵は下の者を見下すことで有名だ。
自分をかくまっていることがバレたらただではすまないだろう。
けれどもトンプスキンは「大丈夫ですよ」と笑い飛ばしていた。
それがソフィーネにはかえって不安だった。
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