変化変容

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変化変容

 部屋でローレンスと粘膜を感じる口づけをしてから、僕はいつもの様に彼の馬車をぼんやりと見送った。 「本当にアンドレ様はローレンス様と仲良くおなりになりましたね。」  僕と一緒に見送っていた従者のバトラが、嬉しそうにそう言った。僕は後ろめたい気持ちでバトラと視線を合わさないようにしながら、先に立って歩き出した。 「…そう?でも確かにデビューする前は、ここ迄顔を合わせる事も無かったかもしれないね。でもローレンスはあと半年ほどで王都へ上京してしまうから、こうして顔を合わせるのもあと少しだ…。  僕、キャサリンのところへ行くよ。今日はまだ抱っこしてないから。」  何か言いたげな空気を背中に感じながら、僕は逃げるように三ヶ月前に生まれた僕の血の繋がった可愛い妹と母上のところへ向かった。いつもの様に温室が併設された両親の談話室に顔を出すと、母親は見当たらなかったから寝室で休んでいる様だった。  乳母と侍女に世話を焼かれた赤ん坊のキャサリンが、凝った装飾の乳母車に寝かされて機嫌良く小さな可愛い声を立てている。 「メアリー、キャサリン起きてる?もし良かったら僕に抱っこさせてくれる?」  乳母のメアリーは嬉しげに微笑んで、ソファに座る僕の所へキャサリンを抱き抱えて来た。  「アンドレ様は本当に良い兄君ですね。キャサリン様もアンドレ様の声を聞くと、目をぱっちり開けて待ちきれない様子ですもの。もうすっかりキャサリン様をお抱きになるのも慣れてしまわれて。」  腕の中で、機嫌良くキャサリンは明るい水色の瞳を向けた。僕は甘い匂いのキャサリンに微笑み掛けながら優しい声で話しかけた。 「キャサリン、本当に可愛いね?今日はご機嫌なのかい?ふふ、すっかり僕の事を覚えたかな?」  血色の良い特別に美しい赤ん坊であるキャサリンは、今やこの城の注目の的だった。父親から黒髪を、母親から僕と同じ水色の瞳を貰った彼女は、姉上の結婚式が終わった後で無事に産まれた。  「こうしてると、姉上の結婚式が随分昔のことの様な気がするよ。実際はそうでもない筈なのにね?」  僕がキャサリンの小さな手に自分の指を掴ませてあやしていると、侍女のケイトは僕のためにお茶の用意をしながら楽しそうに言った。 「赤ん坊の成長は早いですからね。辺境はセリーナお嬢様のご結婚、キャサリン様のご誕生でお祝い事が立て続いて、嬉しい悲鳴ですわね。アンドレ様もこうして毎日キャサリン様の所へ足繁く通ってくださって、辺境伯も奥様も本当にお喜びでございますよ。」  僕はおっぱいの時間でぐずり出したキャサリンを乳母に引き渡すと、侍女の淹れてくれた香りの良いお茶を温室に運んで貰った。甘い香りの花が咲く温室を眺めながら、僕は長椅子に寄りかかるとお茶をひと口飲んだ。  こうしていると、さっきまでのローレンスと過ごした時間がまるで別物の様な気がする。僕とローレンスは、もう誰にも言えない様な事をし合う関係になってしまった。  僕の部屋でボードゲームをするというその言葉は、今はすっかり暗号めいてる。  それは僕に下穿きを汚さないために指南したローレンスが、後日上手く一人で出来たか僕に尋ねたのがきっかけだった。自分では上手く興奮出来ずに吐き出せなかったと弁解する僕に、ローレンスは言った。 「…アンドレは女の子達の、ほら、胸元や首元を見て何か感じない?あるいは若い侍女の豊満な身体とか。…そう。でも私が触れたらちゃんと出来たよね?  私は自分よりいかつい男では無理だけど、アンドレだったらもっと触れたい。もし嫌じゃ無かったら、もう少し指南しようか?」  薄々感じていた、女の子をそう言った目で見られないのが、まだ年齢的に未熟なせいなのか、それともそう言うタチなのか僕には分からなかったけれど、ローレンスの言葉でそれを気づかせられてしまった。 「…僕って変なのかな。」  不安に思ってそう呟くと、ローレンスは僕をそっと抱き寄せて言った。 「全然変じゃないさ。私は女の子も好きだけど、綺麗なアンドレにもっと触れたいとも思うからね。従兄弟曰くは、そんな貴族は少なくないらしい。反対に密かに男同士でしか愛し合わない者も一定数居るって聞いた。特に騎士に多いとか…。  だからアンドレは心配しなくて良いんだよ。」  僕は今後どうなるかは分からなかったけれど、後継でなくて良かったと胸を撫で下ろした。もし僕が世継ぎを作らなければいけない立場だったのなら、今の状況は問題だろう。とは言え、まだ13歳の僕がどんな性癖かなんてのはまだはっきりしない筈だ。  とは言え欲を吐き出せないと、下穿きを汚す問題は依然解決できないままだ。僕はローレンスにもう一度指南を頼む他に良い考えがなかった。  それから僕らはローレンスが遊びに来る度に、一定時間部屋に篭った。最初は僕のそれに触れて貰うばかりだったけれど、ローレンスが自分の硬くなったそれを僕に触れさせてからは、一緒に処理し合う事が増えた。  寝台に寝転がって、曝け出したそれぞれのモノを触れ合わせればいつになく興奮して、のし掛かって来たローレンスに口づけされるのも自然に思えた。  そして日に日に僕らの行為はエスカレートして、シワにならないように脱いだシャツを椅子の背に掛けた寝室で、僕らは淫らに身体を擦り合わせ、唇を這い回らせた。  そして僕は一人で眠る夜、ローレンスとのいやらしい気持ち良さを思い出しながら欲望を吐き出す事が出来るようになっていた。最初の目的はこうして達成出来たんだ。けれどローレンスは、あと少しで王立学園へ入学するために王都へ上京するのが決まっていた。  この束の間の指南は、秘密のまま終わりを告げるのだ。  それに寂しさを感じる一方で、ローレンスが時々何とも言えない眼差しで僕を見下ろすのが怖かった。僕はまだ子供で、これ以上進む心の準備も覚悟もなかった。そのせいでローレンスとの時間が有限であることに何処かほっとしていた。
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