シモンside目立つ義弟

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シモンside目立つ義弟

 アンドレがファミリールームへ下がるのを目の端に映して、私は無意識にホッと息を吐いた。姉上の婚約式は思った通り盛大で、同時にアンドレが社交開始だと認知されていたせいで、周辺貴族たちの興奮が伝わってくる様だった。 「姉君のご婚約おめでとう。それはそうと、噂の弟君を紹介してくれよ。ちょっと出遅れて、今来たばかりなんだ。」  そう周囲を見回しながら声を掛けてきたのは、王都で同級生の侯爵家の令息だった。今回の社交のために私の様に王都から来たのだろう。 「…フォルス、わざわざ来たのか?王都ではそんな事ひと言も言わなかったじゃないか。」  遊び人として名を馳せているフォルスはニヤリと笑って言った。 「つもりはなかったんだが、シモンの弟君が社交デビューするって聞いてね。まぁお前も当然居るから暇つぶしにはなるかと思って。我が家としても辺境伯とは今後も末長く良好な関係を築きたいからね?」  相変わらず冗談とも本気とも取れない言い方をする目の前の男に、私は顔を顰めた。 「私を暇つぶしにするなんて良い度胸だよ。アンドレが社交デビューするのは本当だが、お前に紹介する気はない。悪影響しかないからな。」  フォルスは片眉を上げてグラスを傾けた。 「美味いな、これ。しかし、ポーカーフェイスのお前が義理の弟を溺愛してるって噂は本当だったみたいだな。でもご令嬢でもないだろうに、そこまで箱入りにする必要あるのか?  まぁ、天使みたいだって噂されてた弟君が、どんな成長を遂げたかは興味があるな。」  私たちがそんなやり取りをしていると、ファミリールームの方向から騒めきが広がっていた。アンドレが休憩を終えてまた社交を始めたらしい。  私の視線を追って、フォルスがアンドレを見つけてしまった。  「人が多くてよく見えないな。あまり背が高くないのか?後ろ姿じゃ殆ど分からないが、確かにあの金髪は見事だな。辺境伯夫人に似てるなら相当ひと目を惹くだろうし。」  そう好き勝手喋るフォルスに苛立ちを感じながら、私もまたアンドレの後ろ姿に視線を向けた。  2年前、王都への進学のためにこの城を出た時に感じた安堵感は何とも説明のつかないものだった。だが王都で生活するうちに、私の生活が様変わりした事と相まって、あの時の心境を真正面から向き合うのは止めた。  少なくとも王都に居れば、アンドレの顔を見なくて済む。    こちらに顔を向けたアンドレを見たフォルスが、満面の笑みを浮かべるのに苛立ちを感じて、私は無意識にアンドレから顔を背けた。 「凄いな…。まだ若いがご令嬢だったら王家から声が掛かる所じゃないか?話してみたいな。お、丁度こっちに来るぞ。紹介してくれ、お兄様。」  これ以上侯爵家のフォルスを無視する訳にもいかずに、私は周囲の貴族にそつなく微笑みを振り撒くアンドレを呼んだ。  アンドレは明らかに嬉しげに私に笑顔を向けると、次の瞬間戸惑った様に視線を彷徨わせた。その遠慮がちな様子は、明らかにこれまでの私の態度のせいだと言うのに、そんな事は棚に上げて思わず顔を顰めた。  「兄上、ご機嫌よう。姉上は喜びに輝いてますね。なのに僕はこんなに人が多くて、戸惑ってしまいます。」  そう微笑むアンドレは、まだ13歳だと言うのに妙に大人びて見えた。本来は無邪気で甘えん坊な男の子だったアンドレが、私が王都へ行ってしまったこの2年で、あっという間に道理をわきまえた美少年になっていた。  私に何処となく遠慮気味なのは、やはり昨日の姉上との会話を聞かれてしまったのだろうか。  私は胸がチクチクする気がして眉を顰めた。だが空気を読まないフォルスは、私が紹介する前にアンドレに声を掛けた。  「やあ、君がシモンの弟君のアンドレかい?噂通り、辺境の貴公子だね。シモンも中々良い男だが、君は何て言うか深窓のご令息と言う感じだ。実際今日が文字通り社交のお披露目になるんだろう?  ああ、シモンが紹介してくれないから自分で名乗るが、私はベルバラント侯爵家の穀潰し、フォルスだ。長兄の出来が良いので、ある種自由人なんだ。ははは。」  フォルスの言い草に、アンドレはどう答えて良いのか分からずに目をパチクリしている。けれど、私が助け舟を出す前に我に返ると、楽しそうに微笑んで言った。  「兄上は王都で素敵なご学友を得たのですね。フォルス様は楽しい事を沢山ご存知の様です。いつか王都へ行く様になった暁には、僕にも教えて下さると嬉しいです。」  誰が聞いても満点の返しに、フォルスはニヤリと笑って私を見て言った。 「お兄様が許して下さるのなら、アンドレが王都へ上京した暁には、喜んで色々連れ出してあげるよ。私は自領には帰らないだろうからね。シモンも上京して随分悪い事を覚えたんだ。きっと、ダメだとは言えな…。」  私はこれ以上フォルスが余計な事をアンドレに吹き込む前に、遮って言った。 「姉上がこちらを見てる。アンドレ、顔を出してきなさい。私も後で行くから。」  アンドレの遠ざかる後ろ姿を二人で見つめながら、フォルスが呟いた。 「お前がそうやってアンドレを冷たく遠ざけるのは、私に近寄らせない様にするだけじゃないな?お前たちの間に何か妙な空気があった。喧嘩でもしてるのか?  まったく、あんなに魅力的な弟を持つのに贅沢な奴だ。本来男兄弟なんて碌なもんじゃないんだぞ?もっと可愛がってやれば良いのに。」  フォルスの小言を聞きながら、私はアンドレから視線を戻してご令嬢達の元へ歩き出して言った。 「…可愛がっているさ。私なりに。」  ああ、それは真実だ。だがコインに裏表がある様に、誰にも見せられない裏があって、私は文字通りそこから目を逸らしていた。  
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