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塔の中へと足を踏み入れると、そこは外の殺風景な景色とは大きく異なる明るい印象の空間が広がっていた。塔内は、螺旋の階段と階段沿いに様々な形の扉のある構造で、踊り場には何やら高価そうな骨董品が飾られている。
――不思議だな、今日初めて来たはずなのに、屋敷に戻ったみたいな安心感。
「空いてる部屋はどこだったかな……ああ、ちょうどここは空きができたんだったか。」
男は一覧表のようなものを取り出して、そんなことをつぶやき、こちらに顔を向けた。
「ちょっとこっちに来い。」
言われるままに男の前まで来ると、一瞬で場所が移り、一つの扉の前に立っていた。
「ここがこれからあんたの部屋だ」
「? 部屋、ですか?」
「この塔では、一人一つの部屋が割り当てられる決まりなんだよ。持ち主に合わせて部屋も作り変わるから、居心地は悪くないはずだぞ。ほい、これがこの部屋の鍵」
渡されたのは少し重たい金色の鍵。
「あの……私、ここに長居するつもりはないのですが……」
「あんたが居なくなったら所有権は放棄されたことになるから、ここにいる間は気にせず使えばいいさ」
「そうですか……」
「とりあえず、部屋で少し休んだらどうだ? さっきから疲れた感じだったしな。また後で塔内の説明はしてやる」
「えっ、あの、ちょっとまっ」
「じゃあな、後でまた」
男はそう言うなり、一瞬でその場から消え去った。
――悪意は感じられなかった。とりあえず、中に入ってみようかな。
鍵を差し込むと、カチャリと音がして扉が開く。
部屋の中には、ベッドと机そして椅子があった。部屋に設置された机や椅子を見るとなぜかそれらは少し低く、小さいもので、机の上にはノートが一冊置かれている。手に取ってみると中にはなにも書かれていない白紙のノートであった。
周囲をぐるりと見渡せば、部屋の雰囲気はどことなく懐かしい感じがする。ふと目線を下にやると、ベッドの足の部分に引っ掻いたような跡が見えた。かがみ込んで見てみると、そこには見慣れた懐かしいマークが刻まれていた。
「もしかして……ここ、子供の頃の私の部屋……? ……持ち主に合わせた部屋、か」
とりあえずベッドに腰をおろし、今までの状況を整理する。
――直近の記憶では、私は屋敷に戻る途中だったはず。気づいたらこの塔の前にいて、管理人? と名乗る人に連れられて塔の中に来た。ここには塔が選んで呼び寄せた魂が集っている……こんなところか。
なにか、他に手がかりはないだろうか。
目を閉じ、記憶をたどって今使えそうな情報を探す。確か、昔に教わったことの中でなにか……
"……、現実世界から外れた空間には、独自の基準が存在する場所もあるんだよ。空間の歪みで一時的に生じる"狭間" とは異なり、そういった場所は……"
ふとそこで記憶が途切れる。
「うーん、大分昔だからなあ、これ以上は "引き出せない" か。独自の基準、ね……そもそも、どうして私はここに呼ばれたんだろう?」
負の感情を抱く魂、そう管理人は言っていたが……全く心当たりがない。
「さっきから記憶の一部が、曖昧な気がするんだよね……まあでも、分からないことを気にしても仕方がない、か」
思考を切り替えて、今後の方針を考えることにする。現状、この塔についての情報がほとんどない。
「とりあえず、情報収集からかな。今自分が置かれてる状況を把握しなきゃ……早くもとの場所に戻るために」
コンコン
情報があらかた整理できたと思ったら、扉を叩く音が聞こえた。
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