4:スーパー銭湯デート(2)

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4:スーパー銭湯デート(2)

「これこれ、アクションシーンが本当に良くて」 「知ってる! 私、増援が来るシーンが本当に好きで」 「知ってるんだ」 「うん。これは? タイトル複線回収で泣いちゃって」 「それも知ってる。アニメも見た、全巻持ってる」 「あれだね、好みほとんど一緒だ」 「うん。流石僕と理央だ」  漫画を眺めながら、好きなものを紹介し合う。  結局、好みが似ていてどれを読もうかは決まらない。  でも共通の話題について語り合えるのは楽しい。  せっかくなら一つくらい読んでみたいのだけど 「理央が好きそうなの、なんだろ」 「私、漫画ランキングで上がってて、まだアニメやってないやつ読みたい?」 「なにそれ、どういうやつ?」 「なんだろう? たぶんパニック系?」 「え、分からないかも」 「主人公が女の子で、一枚絵が綺麗だって説明されてた」 「タイトルは全く覚えてない?」 「カタカナ多め、みたいな」 「新しいのも仕入れてるらしいしあるといいけど」 「よし、検索する。忍も一緒に」 「あ、ああ」 「よし、見つけた」  スマホ画面を見せる。  忍は首を傾げた。  勝った!  私も読んだことはないけど。 「僕も知らないかも。気になる」 「あったら一緒に読もう。いいでしょ?」 「どうやって?」 「それは工夫!」  それから本棚を探す。  ない、ない、ない。  諦めたそのときだった。  上の段を見ていると見つけたのだ。 「あった。しかも最新刊まであるかも」 「どこ?」 「そこ」 「理央、指差して」 「それは無理かも! 上の方見すぎて首がやられた。忍、どうせ私じゃ届かないからお願い」 「分かった。五巻まである。一人五冊までなら自分の持ち場に持って行っていいらしいし」  背もたれのある椅子を見つけた。  忍が先に座る。  足を広げて、そのスペースに私が座った。 「これで一緒に読める」 「バカップルみたい」 「夫婦だけど?」 「うん」  忍が本を持って、一緒に読むことになった。 「めくるね」 「うん」 「……めくるね」 「うん」  忍が二巻を読み終えて三巻目を準備する。  しかし、本は閉じたままだった。 「ごめん理央、あんまり集中できない」 「そう? 他の、楽な体勢で」  忍の優しくてごつごつした手が私の手に重なる。 「好きな人の髪のいい匂いがして。それ以外にも柔らかい感触とかいろいろあって」 「ごめん、邪魔になってた?」 「その、好きな人が近すぎて」  忍の真っ赤な顔が見えた。 「いや、ごめん。なんでもない」 「そっか」  胸がずきりと痛む。  忍、私に恋してる?  好きってこと?  なら私は。 「理央、めくっていい?」 「あ、うん」 「疲れちゃった? 漫画、買ってあげるから無理しなくても」 「大丈夫、そういうのじゃない。ほら、漫画の内容が暗くて入り込みすぎて、みたいな」 「そっか。めくるね」  胸が痛む。 「めくるね」 「うん」  私がその手を掴まなければ。 「めくるね」 「うん」  背伸びして、結婚なんてしなければ。 「めくるね」 「うん」  あの日、名刺を忘れていれば。忍と交換しなければ。 「めくるね」 「うん」  あの頃、私が女の子って、忍が男の子だって気づいていれば。  髪を伸ばした私と、あの頃の私が別人だって、そう振舞っていれば。 「めくるね」  違う、今からでも背伸びはやめなきゃ。  まだ私はショートカットだったときのガキだって、髪を伸ばして大人ぶっても、成人しても、まだ恋が分からない、わがままで人を傷つけるような人だって。  謝らないと。 「ねえ、忍」 「どうしたの?」 「私、背伸びしてただけで、好きって気持ちが分からないの。結婚してごめん、忍といると楽しいから幸せだったから、ごめんなさい」  精一杯謝った。  忍は、私を抱きしめて、頭を撫でて、どうしようもない私を優しく包む。 「これからでいい、僕を好きになってよ」  忍は手を離すと、一度立ち上がって私の隣に座る。 「理央といて幸せだって思ったから結婚した。理央が僕といて楽しいって思ってくれるのだって嬉しい。でもまだ恋じゃないなら、僕は頑張るから。全部含めて君と歩みたいって思ってるから」  私はようやく顔を上げて、大好きな友人を見た。 「僕と一緒に、幸せになってください」  あれ、涙が止まらない。  でも、温かい涙だ。  それが銭湯で温まったからではないことくらい分かる。  私はいつか好きになる自信ができた。  こんなにも居心地が良くて、私といて楽しいって言ってくれる魅力的な人なのだ。  なら、私が言うべきは。 「私も忍と幸せになりたい」 「分かった。任せて」  心がすっきりする。  一緒にいるのが忍で良かった。  でもせっかく好きになってほしいって、頑張るって言ってくれたのだから。  今ドキドキしてるってことは。  いつか自信もって愛してるって言えるときまで内緒にしておこう。
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