出会い

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出会い

 わくわくと憂鬱が混じる立夏のことだった。  先輩とともにホール内の区切られた部分に椅子を並べていく。  それから何度もプロジェクターを動かしながら、スクリーンに映る発表資料を見やすくする。  就活合同説明会。  簡単な会社の説明と、六月から解禁されるインターンシップの例年の話をすることになっている。 「いい? 理央は我が社の看板になるんだからね! ほら、二年前、……三年前だっけ? こういうの来てたでしょ?」 「そうですけど、本当に二年目の私でいいのかなって」 「うちの偉い連中が新人だと距離感が近くて良いよねって。ほら、気合気合!」 「先輩、元気ですね」 「そりゃそう。私が教育した後輩ちゃんの頑張り見たいでしょ?」  いい先輩なんだけど、そういうこと言われると緊張しちゃう。  結局、説明会は何度も噛んで、採用担当の私に技術職の質問が飛んできて慌ててると、先輩が堂々と答えてくれた。  準備不足だったと後悔した。  先輩の余裕。  ポンコツの私を見て会社に興味を持ってくれるのだろうか? 「りおさん、帰りの支度。椅子畳んで持ってこう」 「はい。情けなくてすみません」 「いいドジっぷり。学生さん、途中からリラックスして聞けていたから。偉い人が言うのももっともなんだね」 「二年目で新卒採用担当なんて」 「弱音言わない。あら」  隣のブースの人が名刺を持ってきていた。 「初参加ですよね?」 「他の主催には何度か出たことがありますが、初参加です。ほら、りおさん」 「はいっ」  恐る恐る名刺を出す。 「はい、どうぞ」  相手の名刺を受け取るとき、以上に手が震えてしまっていた。 「あ、桃瀬くん。名刺名刺」 「僕技術職ですけど?」 「いいからいいから」  私の一回り身長の高い人。  名前を聞くと昔の友人を思い出してしまう。 「名刺です」 「これ、私のです」  桃瀬さんがぺこりと頭を下げるので、私もぺこりと。 「名前は、桃瀬、……忍」 「え? ああ」  私は驚いてしまった。  変なイメージを持たれてしまったかも。  そう思って桃瀬さんを見ると、私の名刺をじっと見る。 「姫川理央さんって言うんですね。昔の知り合いの名前と一緒で。たぶん漢字まで一緒ですよ?」  桃瀬さんは鼻に手を当ててクスッと笑う。 「その。私の昔の知り合いに、桃瀬忍って人がいて、同じ漢字だと思います」  こんな偶然ある?  名刺交換を終えて、ブースの片づけを終える。  建物から出ると、レンガ状の敷石が鏡面を作っていた。  咄嗟に上を見る。  雨、降ってる。 「言ったでしょ、今日は雨だって。私の言った通り」 「はい」 「お天気チェックは抜かりなく」  折り畳み傘を広げる。   「今日は私の奢り。飲もう!」 「先輩、本当に好きですね」  自動扉が開いた。  風で傘が一瞬浮く。  私は振り返った。  桃瀬さんが呆然と立っていた。 「桃瀬さん、傘忘れましたか?」  ブースが隣だっただけの男性に、つい声を掛けてしまった。 「その、はい」  私と先輩ですぐ近くのコンビニに行ってビニール傘を購入する。  先輩は桃瀬さんの肩に手を置く。 「一期一会、これは何かの縁だ」  駅の地下街にある居酒屋に駆け込む。  それから先輩は私の入社からのドジっぷりを桃瀬さんに話して。  気分が良くなって潰れた。  桃瀬さんが苦笑いするものだから、私はおかしくて笑ってしまった。 「私と先輩は住んでるところ近いので。でも後輩に介抱させるのって」 「面白い人。姫川さん、先輩とすごく仲が良くて羨ましいです」 「そうなんですよ。今は潰れてますが、頼りになって」  私も桃瀬さんもきっと時間さえ過ぎればどんな話でも良かったのだろう。  先輩は水を一口飲むと、テーブルに伏せた。 「姫川さんって昔、ショートカットでしたか?」 「はい。今は伸ばしてますけど、高校のときまでは」  桃瀬さんはビールジョッキを高く上げてグイグイと飲む。  顔を真っ赤にしていた。 「僕、高校生になってから急に大きくなったんです。だから聞かせてください。昔仲良かった桃瀬忍は現在二十三歳で、あの頃はいつも二人でアニメを見たり、スポーツをしたり、おままごとをしたり、カードゲームをしたりしてましたか?」  私もビールを呷った。 「私たちどっちも間違えてたってこと?」 「そういうこと。僕が理央を男の子だって思ってて、君が僕を女の子って思ってたのか」 「言われてみれば?」  近所同士で、でも学区は小中学校で異なっていた。  遊ぶときはもちろん私服で、忍はなかなか力があって。  あれって男の子だったから?  そういえば私、女の子らしくなかったかも!  二十三才の五月。私は近所っ子に再会した。  その子は男の子だった。  私は男の子だと思われていた。    なんだそれッ!?
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