カウント③

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カウント③

エレベーターを降りると空調管理されたビルの独特な匂いと湿気。カツン……カツン……と、歩幅に合わせた足音は長閑(のどか)。ラジオ局のスタジオへの通路を欠伸しながら歩いている如月(キサラギ)に向かって、夜なのに朝のフレッシュを背負ったADの古賀(コガ)が小走りにやって来た。 「あー、来た来たー! 遅刻ギリですよ如月さんッ。事前の打ち合わせが出来ないじゃないですか!! 取り敢えずその手、ポケットから出して下さいッ」 ハアハアと息切れ矢継ぎ早に、古賀は兎にも角にも口を動かす。 「これは収録用の脚本です! あとはこの束を……て、わーっ! ちゃんと受け取って下さいってば! 大切なリスナーから届いたハガキなんですからねッ」 「ふふっ。なんかごめーん。……にしても凄い量だぁー。募集してた『お題』は何だっけ?」 「えっとですね……『のびる』です!今夜のメインは 『のびる』の悩み相談コーナーになります!!」 「ふぅん♪ リスナーの皆んなも、のびて困ってることが沢山あるんだねぇ。うんうん、いいよー。僕も気合い入れて紹介しなくっちゃ」 「俺も楽しみにしてますから! 如月さんのファンだし」 「あはは。古賀ちゃん好きよー」 真っ赤になる古賀に如月は悪戯にウィンク。 番組の脚本はくるくる丸めて脇に挟むと、ハガキの束に軽く目を走らせた。リスナー一人一人が読んでもらいたくて一生懸命に書いたであろう文字やイラストには、指で触れてその感触に笑む。 カチャッ。 「如月さんインです!!」 古賀の溌剌とした声は人より先にスタジオのドアを通り抜けていった。番組スタッフの視線が一身に集中するまでは一瞬だ。 「今夜もよろしくねー」 間延びする如月の挨拶には苦笑が溢れ、緊張が解ける気配は彼方此方(あちらこちら)。 如月は着古した上着を脱ぐと、隅にある赤いソファーに転がした。次いでに、折り目も付箋も付けない脚本も。 Tシャツから抜き取った星型のサングラスは慣れた仕草で目元に飾られ、長めの金髪をサラッと掻き上げるのはルーティン。準備は至って簡単で万端だ。 マイクの前に置かれた椅子に腰を掛け、緩やかに長い足を組んだ如月は口角を上げる。 時計は定刻まで残り60秒を表示していた。 3……2……1……【ON AIR】 プロデューサーからの指のカウントに合わせてOKサインを出すと、スタジオに設置されている赤いランプがポワッと点灯した。
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